第141期 #5
一羽のカラスが鳴きました。
庭には二羽、ニワトリが居ます。
三羽のスズメがサンバを踊り、少女は、真似してツインテールを揺らしました。
赤い髪が、ご機嫌に弾みます。
みんなに見守られる中、少女は家から軽やかに外へ出て、目の前を横切る車をくるりと避けてスキップを踏みました。
「おやおや、危ないよ」
「あら。こんにちは、おじさん」
少女は、白いフレアのワンピースを広げてお辞儀をしました。
少女に挨拶をされた黒いスーツのおじさんは、少し屈んで尋ねました。
「きみは、またお留守番を抜けてきたのかい?」
「いいえ。今日は、お父さんはお仕事だけど、お母さんがお家に居るの」
「じゃあ、お外で遊んでもいい日なんだね」
おじさんが納得したように頷くと、少女は、頭を大きく横に振りました。
「ほんとうはね、ほんとうはダメなんだけど、こんなにいいお天気だから、お外に出たくなったの」
「内緒で出てきたら、お母さん、心配しちゃうんじゃない?」
「きっと、わたしが居なくなったことなんて気づかないよ」
「なんで?」
「お母さん、今はお昼寝してるの」
「じゃあ、やっぱりお家に帰らないと。車が危ないから、おじさんついていくよ」
おじさんが手を差し出すと、少女は、ほっぺたを膨らませました。
「やだ」
スカートを握り締める少女に、おじさんが苦笑したのは無理もありません。
桃色に染まった柔らかな両頬を風船のように膨らませているのだから、少女は、そのままぷかぷかと漂ってしまいそうでした。
「お母さん、起きた時に君が居ないと泣いちゃうかも」
それを聞いた少女は、心配そうに眉を寄せました。
「お母さんが悲しむ前に、帰ろう?」
「……うん」
「わ、ほら。また車が来た。気を付けて」
ぷかぷかと漂いそうな少女は、おじさんに手をつないでもらい、来た道を帰りました。
少女は、鼻歌を歌いました。
おじさんも、一緒に鼻歌を歌いました。
空は、ペンキで塗ったように青に染まっていて、太陽は、みんなの様子を燦々と眺めていました。
踊っていた三羽の雀は、電信柱から飛び去っていきました。
庭に居た二羽のニワトリは、けたたましく鳴きました。
やがて、全く静かになった時、一羽カラスは、羽音もたてずに羽ばたいていきました。