第141期 #3

あなたはそこに立っている

 あなたはそこに立っている。
 陽光が不規則な光を投げる水平線。レールを縁取る水仙が、過ぎゆく季節を告げる。
 潮風で古びたホームにあなたは立っている。そよぐ髪をあなたは右手で抑えるだろうか。
 やがて、電車がホームに滑ってくる。
 あなたは半自動のそのドアを慣れた手つきで開けるだろう。ボックス席を見渡して、どっちに座る?海側か山側か。電車と並行していく海よりも、あなたは自宅を臨む山側に腰を下ろすかもしれない。
 電車は右に海岸線をそれて、新幹線のある駅に到着する。
 ホームで鴉が一鳴きし、人慣れしている図々しさに呆れながらも微笑んで、新幹線に乗り込むだろう。
 新幹線が走り出す。あなたはぼんやり外を眺めるだろうか。雪残る街並みに桜が散り始める。遠くの山はまだ雪化粧で、線路の真横のスキー場も白い。
 今雪残る街並み程の量で右往左往する私を、あなたは笑うだろうか。
 喉が渇いたあなたは売り子さんを呼び止めて、お茶を買うかもしれない。ペットボトルには村上産とあって、関東では買えないから私の分まで買っておいてくれるかな。
 トンネルを抜ければ耳がふさがり、あなたはお茶を口にする。その度に、山が建物に変わっていく。高木が雑然としたビルとなり、終点へたどり着く。
 もうこの辺りは花の季節が終わりを告げ、新緑が深まり始めている。ドアが開けば、空気の暖かさに驚くかもしれない。
 指定席券と乗車券と特急券はまとめて改札に入れるけど、乗車券は忘れずに。東京23区内で使えるんだよ。
 そして私は、東京ばな奈の店の前で、あなたを待っている。
 「久しぶり」と言って、ほほ笑んでくれるだろうか。
 2014年4月22日。
 けれど、あなたはそこにいない。
 あなたは指定席券と乗車券と特急券を持っていない。山並みがビルへと移る景色を見ていない。お茶を買うこともない。残雪のスキー場を眺めることも散る桜を寂しく思うことも、海岸線をそれていく電車にもいない。
 あなたはそこに立っていない。
 潮風で古びたホームにあなたは立っていない。同じ潮風があなたの髪を揺らさない。あなたは陽光輝くあの海を、ホームでもう眺めない。
 あなたは。
 どんな交通機関でもたどり着けない場所に一人でいってしまったから。
 だから私も、東京駅にいない。東京ばな奈の店の前であなたを待っていない。
 2014年4月22日。
 私は空を見上げながら、ここであなたを思っている。 



Copyright © 2014 長月夕子 / 編集: 短編