第141期 #13

脾臓

 上司に言われた。
「謙遜するなよ」
「してないです」
 難易度が高いと社内で思われていた部署横断プロジェクトを私が完遂させた。期待以上の成果で。
 私はもう一度、謙遜してないですと手振付で強調した。何しろ私は父親の体に入りこんだ「私」であるという意識なだけであって、実際の意思決定は行っていない。思考し、判断を下しているのは私の父親だ。

 分かりにくい話だ。始まりは小学五年生の時だった。頭の中でこう声がした。
「脾臓だ。そしてお前の父だ」
 説明。まずこの体自体は父親の肉体。「私」は父親の長男。そして私が三〇歳の時に父親は七二歳で死んでいる。
 つまり私と父親は、父親が死んだ時点で時間を逆行した。そして父親は産まれたばかりの父親自身の脾臓に・私は産まれたばかりの父親の「私」である意識となった。
 なぜか。私は自分の脾臓に尋ねた。脾臓である父親に話し掛けられた途端に私は三〇歳当時の記憶も蘇り、知性を持ちあわせていた。
 父親は答えた。
「欲深いから」
 父親は、今や父親ではなく脾臓そのものなのだから親振らずに済む分、意見は率直。そして父親がこの体を動かしているのだと教えてくれた。
 以来、私は自分が「私」であると思っているだけの存在で、現実には体が勝手に動いているだけの、ただの私だった。

 父親にとっては二度目の人生なのだから様々が容易く進行した。記録的な活躍をおさめた。その度に周囲は称賛するが私は自分で選択した行動ではないのだから喜びはない。けれども総体としての「私」は歓喜の極みらしく、にこやかに笑顔した。どうも私以外に表情を作っている「私」がいるようだ。ただし私にとって感情なんてまるでなかった。まぼろしだ。

「父さん」
 ある日ある女性と擦れちがい、私は父親に呼びかけた。私が「私」であると感じる仕事よりも、臓器として体内環境を監視する仕事のほうが難しいらしい。「私」業なんて下の下。だから滅多に父親が応答することはない。
 けれども、その時は答えがあった。
「知っている。いましがた見た」
「母さんだ」
 結婚前の母親を初めて見た時、初めて感情の疼きを覚えた。あの人の空の子宮を私で満たしたいと思った。どうやら私は、どちらかと言えば精子の意識らしい。
「あの人を抱きたい」
「構わんよ」
 私は、「私」が私たりえないことに多少の不満を感じつつも、私が「私」として成就するならば満足するであろうことは、重々承知していた。



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