第140期 #9

のろけられただけの気もするけどそれでもなんだか勇気が湧いてきたんだ

どうしてあたしはこんなにバカなんだろう。
数学のテストをお父さんに見せたあと、あたしは自己嫌悪で沈み込んでいた。
お父さんはいつも通り、「次は頑張りなさい」と言って部屋に戻って行ったけれど、本当はため息をつきたかったに違いない。
私のお父さんもお母さんも、高校の数学教師だ。
特にお父さんは、子どもの頃からすごく数学が出来たらしい。
それなのにあたしときたら。
本当にあの両親の子どもなのかと思うほどの出来の悪さだ。
蒸し暑い空気が身体にまとわりついてきて、あたしは苛立ちを募らせた。
何も考えたくなくてソファーにだらっと腰掛けていたら、最悪のタイミングでお母さんが帰ってきた。
「ただいま、桃子」
「おかえり」
お母さんの視線が机の上のテスト用紙に向いた。
「テストが返されたの?うーん、六十点か」
「うん、いっぱい間違えちゃった」
テスト用紙を持ってお母さんはあたしの横に腰掛けた。
あたしは少し体を左側にずらした。
「そんなに落ち込むことないわよ。ほら、ここなんか途中までは合ってるじゃない」
「でも」
言いよどむあたしに、お母さんはちょっとの間のあと話し始めた。
「桃子、お母さんもね。子どもの頃は数学が大の苦手だったのよ」
「お母さんが?数学の先生なのに?」
「ええ。でもわからないところがあると、幼馴染だったあなたのお父さんが一生懸命教えてくれたの。そのうち問題が解けるようになって、数学が好きになったのよ」
「そうだったんだ」
「この話はお父さんには内緒よ。照れちゃうから」
「うん」
お母さんは腰を叩いて立ち上がった。
「さて、洗濯物を取り込まなきゃね。桃子も手伝って」
「うん、わかった」
お母さんが窓を開けると涼しい風が部屋の中に流れ込んできた。
もうちょっとだけ、逃げずに向き合ってみようかな。そう思った。



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