第140期 #10
ぶわーん。
成美先生が動きを止めて指揮棒も止まる。それを注視していた各パートも手を止めて、楽器が余韻を残す。パラパラと鳴りはじめた拍手の音に成美先生がほっと息を吐き、向こうへ振り向くと、止まっていた時間が動き出す。わたしたちが演奏して届けた曲の何倍も返してもらっているような客席からの大拍手だった。
次のプログラムまでにポジションを移動するため、舞台は暗転した。どたばたと場所を変わる部員たちの間をぬってわたしはステージの前に進み出た。次の曲を紹介するとともにおしゃべりで時間をつなぐ。いわゆるMCというやつだ。楽器を握っているときはそうでもなかったのだが、急にどきどきしてきた。明るくないので観客の顔はよく見えない。ざわざわとした沢山の人の気配がどんどん存在感を増していく。顔が熱くなり、頭がぎゅっと締め付けられるような感じがした。
ぽんと肩をたたかれた。まさみだ。一番うしろの台の上からやっと下りてきてくれた。台詞の練習は何度もしたし、失敗はしたくない。願わくばこのかけあいで笑いの一つでもとりたい。そう思ってはいるもののひざの震えが抑えられない。
「マイクは」
「あっ」
あわてて後ろを振り向く。コントラバスの側に駆け寄りマイクを引っ張ってくる。まさみの横に戻ったとき、スポットライトが二人を照らし出した。
「ただいまお送りした曲は、小人の祭りでした」
手元のメモを見る。早くも声がひっくり返りそうになる。
「小さな小人たちがたくさん集まって、両手をあげてわいわい騒いでいる様子が目に浮かんだでしょうか」
少し間があいた。まさみが固まっている。台詞が飛んだのだろうか。まさか。わたしと違ってまさみはこういうの得意な方だと思っていた。ひじでつついてみる。表情は見えない。どうしよう。次は軽いボケがあってわたしがつっこむみたいな展開なのだけど、この空気では受けるはずがない。
舞台袖のドアの隙間から、成美先生が心配そうにこちらをのぞき見ていた。わたしはそれが何だかおかしくて妙に大胆になってしまった。
「成美せんせーい」
まだひざは震えていたけど大声で呼んで手招きした。先生はびっくりした様子で、でもすぐに小人のようにおちゃらけて踊りながら出てきてくれた。これも意外。会場は大爆笑につつまれた。
「先生、そんな人だったんですか」
まさみも調子を取り戻す。大丈夫。わたしたちのステージはきっと最高のものになる。