第140期 #7

ともこ3

 学割りの利く画材屋で買った花火はすぐに暴発して、ことごとく夢を砕いてしまった。誰の夢かと思えば、わたしの夢であった。
 努力を重ねれば成功するなんて嘘ですよね先生?
「君たちには輝かしい未来があって、でも頑張らないヤツには未来は待ってないぞ、ほれほれ掃除掃除」
 天性の素質ってやつ、どこで購入すればいいんですか? ネットとかですか先生?
「物の本質を見極めるためにデッサンをするんです。石膏像とトイレットペーパーの間にある空気を描いてください」
 減らない鉛筆の芯をわざと折って削りかすだけをティッシュペーパーにためる。たまった木屑を嗅ぐと湿った匂いがする。鉛筆の芯とダイヤモンドが同じ物質だと知ってからは、鉛筆を少し尊敬するようになった。
 午後の授業はとりとめもない妄想で過ぎていった。
 デザイナーの資質を磨くことは重要だけれど、どうも授業はわたしにはタル過ぎた。燃え上がるような学習意欲はどんどんしぼんでいき、最後には落花生ほどの大きさになってしまった。
(こんぴゆうたぁ、ぐらふぃっくすか。こんぴゆう、こんぴゅ、うたぁぁぐらふいっくすぅかぁ……)
 こんなことなら、コンピュータグラフィックス科専攻でも良かったかもな、と実際に口の中でコンピュータグラフィックス科と反芻してみるがしっくりこない。誰が悪いのでもない。きっと今日の天気のせいなのだ。もしくは朝の占いとか。そういった個人がどうしようもできない温かな空気に教室全体が包まれ、大きな海原、小さな手漕ぎボートで一生懸命に皆、オールを漕いでいるのだ。姿勢を頻繁に変える生徒もいる。まったく動かない生徒もいる。たまに奈落に落ちる生徒もいる。ノートをとる生徒もわずかだがいた。才能はこれから磨けばいいさ、と先生は言うが、天性の素質に勝ることが果たしてできるのでしょうか?
 開け放った窓からの風が頬を撫でる。黒板の突端の水平線が見えるか見えないかの距離感で、うつつからふと我にかえる。まるで時間が止まったかのような、授業は数秒前と変わらぬままである。
 わたしは指の腹で口元を拭い、静かにまわりに気を配った。実際に時間が止まっているのかも知れなかったが、時間が止まっていようがいまいが今はどうでも良かった。そんなことより自分が寝言を言っていなかったのか、そのことの方が心配なのだ。



Copyright © 2014 岩西 健治 / 編集: 短編