第140期 #5

とにかくオムレツ

 俺は三度の飯よりテレビが好きだ。家にいる時は常にテレビを見ている。出来る事なら全ての番組を見たいのだが、それは物理的に不可能なので、自分が見ている番組以外は、レコーダーに全て記録して、後から見る事にしている。しかし、録画した番組を見ている時は、同時にまた新しい他の番組が現在進行で続いている訳で、どれだけ記録した所で、所詮全てのテレビを見尽くす事は出来ないのである。

哲理1。全てのテレビを見尽くす事は出来ない。

 俺がこの事に気付いたのは小2の冬休み、「新春かくし芸大会」のマチャアキの超人芸を居間のテレビで見ていた時だ。俺はこたつでみかんを食べながら、最後の一房を剥いていた時に、ああそうだ、どれだけテレビが見たくても、全部は見れないんだよな、なあマチャアキ。気付けば、そうテレビに語り掛けていた。ブラウン管の向こうのマチャアキは、もちろん無垢な小学生の馬鹿な質問にはちっとも答えてくれなかったけれど、テーブルを引く芸の時に見せた、真剣なマチャアキの表情が、ほんの一瞬だけ緩んだような気がした。
 それ以来、俺はマチャアキのファンになり、いつか親戚が集まった時にはテーブル引きの芸を披露するんだと心に決めた。

哲理2。俺はいつかテーブル引きを披露する。

 残念ながら、まだその時は訪れていない。人知れず何度も何度も練習し、家にあった安物のワイングラスは、ほとんど割れて台無しになった。それでも、あのいまいましいテーブル引きというやつは、一向にできるようになりゃしない。それよりも何よりも、親戚が集まった時にはテーブルが一杯になるので、テーブル引きにテーブルを使う余裕などとてもじゃないがないのである。俺はこの事実に気付いた時、驚愕した。そして、あれほどやりたかった芸に何の光も当てられなかった自分を悔み、しばし嗚咽した。そして、オムレツを作って食べた。すると翌朝、全て忘れた。

哲理3。大抵のことは、オムレツを食べれば忘れる。

 この哲理に関して異論のある向きも多々あるだろう。しかし、しかしである。一度でいいのだが、嫌な事があった時に、どうか手近にあるフライパンと卵で、ふわふわのオムレツを作ってみて欲しい。するとあら不思議、嫌なことがどこへやら、どこ吹く風である。いやもちろん多少強引なことは百も、いや千も万も承知である。

 とにかく、オムレツ、である。



Copyright © 2014 nissy121212 / 編集: 短編