第14期 #30

釣りと宿題

「本当釣れないねパパ」釣りを諦めた健は竿を岩の間に挟みながら寝転んだ。「川にはあんなに魚がいるのに」
「餌が傷んでるからじゃないか?」健の父は裂きイカを頬張りながら3本目のビールに手を伸ばした。
健は竿を引き上げると、釣り糸からゴムのルアーを外した。「やっぱりこいつじゃ駄目か…パパ、そのイカ分けてくれない?」
「魚には塩辛いぞ。それより宿題はどうした?今から帰ってやった方が」
「帰ったってマンションじゃダニ一匹採れやしない」
「そうだな、今日の宿題は昆虫採取だったな」3本目を飲み干した父は、森へ入ろうとする健の側を向いた。「あんまり深く入るなよ、迷ったら…ってどうした?虫かごを忘れたか?」
「虫かごどころじゃない」森から逃げる様に戻ってきた健は、肩で息をしながら応えた。「スズメバチが巣を作っていたんだ」
「スズメバチ?宿題には最高じゃないか」
「馬鹿言わないでよ、刺されたら死んじゃうんだよ?」
「死なないやり方があるのさ」父はアイスボックスの中から煙草の箱を取り出し、釣り糸に結わえはじめた。「健、お前はその辺から棒きれを」
河原を見回した健は、川上から流れる木の棒を見付け、拾い上げた。「拾ったけど…まさかこれで蜂を?」
「説明は後だ」一足先に森へ近づいた父は、木の幹の一つに丸い固まりを見付けた。「こいつか、これなら一発で決められる」
「こんなので本当にうまく行…そんな!」悲鳴を上げた健が見たものは、巣に向けて竿を振る父の姿だった。「すっ巣を刺激したら反撃が…ってパパ!」
「どうだ、一発で決めたぞ」父は得意げに巣を指差した。巣の入り口には火を付けた煙草の箱が綺麗に差し込まれていた。
やがて巣全体から煙が噴きだし、入り口のわずかな隙間から多数の働き蜂がぼとぼとと落ちはじめた。「健!今だ!」
「本当に大丈夫なの?」健は恐る恐る蜂の山へと近づいた。幸い蜂の多くは既に死んでおり、健はのたうち回る数匹の蜂を叩くだけで十分だった。「でも凄い…こんなに沢山採れるなんて」
「健、向こうからバケツを」父は釣り糸を切りながら蜂の山へと向かった。「バケツに蜂を入れたら、半分ぐらいまで水を加えるんだ。一晩おけば標本の完成だ」
健はバケツで蜂の山を掻き込みながら唸った。「でもまさか宿題を釣るとはね」
「いつもの缶詰だけよりはいいだろ?」父は笑いながら4本目のビールを開けた。



Copyright © 2003 Nishino Tatami / 編集: 短編