第14期 #16
nanaの存在は2chで知った。「チャット殺人事件?」というスレで晒されているのをたまたま見つけたのだ。
推理小説系サイトのチャットで「>誰か死ぬよ」と発言があり、その翌日に、チャット常連のnanaが死体で発見されたというのだ。
「薬物による中毒死。警察は事件と自殺の両面から捜査」と報道された。物見高いネット野次馬は最悪のシナリオを描いて盛り上がっていたが、「自殺と断定」と警察発表がされると、すぐに騒ぎは収まった。単なるネット自殺では興味は薄れてしまうらしい。喧騒はログに残るだけだ。
2chで晒されたnanaのメルアドから、オレが勤めるプロバイダの会員であることが知れた。プロバイダに勤めてまだ1年。ユーザーが地方紙とはいえ記事になったことに違和感と同時に、妙な親近感を覚えた。
オレは顧客の個人情報を管理する部署にいる。メルアドから引っ張ると、中村夏江22歳、○×大学4年生という事は、すぐに調べたが付いた。さらに、実名と大学名をグーグルで検索すると大学ゼミのWEBサイトに行き着いた。彼女の専攻は児童心理学だった。サイトには中村夏江の顔写真が掲載されている。茶髪でもなく地味目な雰囲気だったが、深いえくぼが印象的だった。
オレは、過去半年に渡るnanaのアクセス記録を参照した。ブランド物を主に扱うオークション、ネイルケア用品の通販、推理作家の公式サイト、ヤオイ系、就職支援、癒し系、メンタル系… エトセトラ。日に日に接続時間は延び、ネットでの活動時間は、夜間から深夜そして早朝へとシフトしていた。最後の接続記録に目をやった。
最後にアクセスしていたは、例のチャット。チャットのログも2chで晒されていたが、(TД⊂ (;´Д`) (^_^)なんかが多用された、ありがちな雑談だった。毒にも薬にもならないただのお喋りの記録。
有名大学でそこそこに可愛い顔をしているのに、何で自殺したのだろう? ネットからはその答えは見つからない。
だが、興味本位の作業もそろそろ潮時のようだ。中村夏江の解約依頼書が部署に届いたのだ。厳格な感じの筆跡に、高級感漂う実印が押されている。父親が書いたのだろう。端末にnanaの会員番号を打ち込み、解約処理のプログラムを起動させた。「解約承認」のアイコンをクリックすると作業はあっけなく完了する。
オレの権限では彼女の記録を見ることはもう出来なくなった。