第14期 #15

世界最後の日

 世界最後の日がきた。
 妻は三日前に出て行った。親友だと思っていたKは妻と関係があったと告白した。私たちは握手して別れた。一人娘の愛子はまだ八つだというのに、同級生の三人で一組になると言った。
「三人で?」
「そうよ」
「でも――喧嘩にならないかな」
「なるわけないじゃない」
「そうか」
「そうよ」
「……」
「パパ、今日が最後の日なんだよ」
「うん」
「しっかりしなよ」
「うん」
「じゃあ、私、行くから」
 娘も出て行った。
 こんなにあっさり――今までのことを全て捨て去って、そうして、世界が最後だなんて……。
 まもなく、世界が終わる……。始まりは、よくある都市伝説のようだった。やがて、子供たちの間で奇妙な遊びが流行し始めた。世界の最後に一緒にいる人を選ぶというものだ。それは一時的な流行ではなく、静かに大人たちにも広がっていった。
「私たちは、本当のベターハーフじゃない」ある日妻が言った。
「君は不倫を認めるのか」
「世界が終わるのよ。どんな嘘も空しいだけよ」
「おれはどうなる。愛子は」
「みんな、必ず、誰か本当の人がいるのよ」
「もしいなかったら?」
「いるわ」
 妻はKを選び出て行った。
 世界の終わりが近付くにつれ、誰の心の中にもそれが確信となっていった。最近、いくつかの国の政府が公式に世界の終わりを認めた。テレビはまだ相手を見つけられない人々の写真を流し始めた。
 私は家を出て人気のない街角を惜しむように歩いた。あるアパートの一室を訪れた。理佳はキッチンでパスタを茹でていた。
「食べる?」
「うん」
 理佳とは古い友人で、彼女の結婚式にも出席した。私の中では、彼女だという確信があった。でも、もし、違っていたら……。独りきりでこの世の終わりを迎えなければならないことがはっきりしたら……。
「心配性ね」
 理佳が微笑んだ。背中の痒いところに気付かずにずっといて、不意にそこに触ってもらったような感じがした。
 涙が溢れてきた。
 パスタを食べた後で、世界の終わりに向け車で出掛けた。物理的な方向はどうでも良いはずだった。
「海が見たい」
 ベイブリッジにつくと白い霧が出てきた。私たちは車を捨てた。周りには、恋人、親子連れ、親友同士。猫を連れた老婦人もいたし、美しい馬にすがって一緒に歩いている若者もいた。誰もが本当の相手と共に世界の終わりを迎えられる喜びを噛み締めていた。
「君で良かった」
 私たちは肩を抱き合いゆっくり歩いていった。


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