第14期 #13

緑の石柱

 ひとめ見たときに係員は「手抜きだ」と呟いた。壁面にはヒビが入り、窓の大部分は蔦に覆われて、"緑化条例"とは別のところで法に抵触している可能性が考えられる。係員は小型ヘリを巧みに操り、目的の屋上へと静かに着地させた。
 白髪頭の管理人は梅昆布茶を勧めながらうれしそうに「立派なもんでしょう」と言った。係員は辺りを見わたす。広葉樹や針葉樹、常緑樹に落葉樹、あらゆる種の木々に加えて足元には苔類や地衣類までが生育している。ほとんど原生林だ。これだけの森を造り上げるのに50年は掛かるに違いないが、それはまた建物が少なく見積もって築50年であることを意味している。このオンボロビルが木々の重量に耐え切れるかどうかが懸念事項だ、と係員は思う。

 森の手入れについて訊ねると、管理人の男は「下草を刈るくらいですが何か問題でもおありですか」と応えた。緑化のことに何ら問題点はないし建物の構造については管轄の外だ。係員はひとまず調査を諦めることにした。男は純朴そうな、言い換えれば警戒心のない田舎者というような表情をしている。
 過去に遇ってきた管理者の中には、屋上全面に緑のペンキをぶちまけて「緑だ!」と叫んだのがいた。またある者は大量のミドリガメを放し飼いにしていた。いずれも"屋上緑化"であることに違いないが、光合成をしないことには本来の目的である大気浄化に結びつかない。都の規定する面積以上の植樹が為されているか、上空から監視を行なうのが係員の仕事だった。

「それにしても鬱蒼とした森ですねえ、暗いなあ」
「原生林を造りたいと思っとるんですよ」
「僕にはただの手抜きにも見えるんですけど……」
「私が見れんのはあと何年も無いからね、いずれはビルも朽ちるでしょうけれどそのあとも森は続きますよ、何千年かずっと」

 "何千年"という言葉を聞いて係員は笑い、その一方で千年後の森の様子を思い浮かべる。床のタイルの隙間やひび入った壁に根を張り、窓を突き破って枝葉が中へ侵入していく。さらに千年が経つとビルの面影は無く、鉄筋コンクリートを内包した一つの大木が都心に突っ立っている、そんな景色を想像したが、ありえない。

 来月もう一度来ると告げて係員はヘリに乗り込んだ。あるいは屋久島の縄文杉の根元には、何かが埋まっているのだろうか。係員は今すぐ南西の方角へ飛び立つことを考え、燃料タンクの残量を確認すると、あきらめて都庁へと戻った。



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