第14期 #12

潮街道

左右互いの指を擦り合わせて、手は少し倒したシートの裏にまわし、新品のビーチサンダルを中途半端に脱ぎながらハンドルに足をひっかけている男がいた。開いた窓から心地良い風が入りこんで、男の少し伸びた顎髭を微かに揺らした。男の車は、がらがらの車線の端に止まっている。反対側では、気持ち良く晴れた今日にふさわしく、数多くの車が海までの長い列を作る。列の先はすぐ海だ。男は海でたくさんの人々が波音と共にざわめいている光景を想像した。

爪の内側に食いこんだ、三日前からつけっぱなしになって剥れかけているマニキュアのラメを無意識に取りながら、助手席の女は「ごめんね。でもしょうがなくて」とがらがらの道の向こうを見ながら呟いた。

「いいよ、気にすんなって」と男は慰めながらも、今日の朝に急いで買ったビーチサンダルが憎らしく見えてきた。そして、足をハンドルから降ろし、ペダルに移して女の方を向き、青白い顔をした女に「それより、お前、大丈夫なの? 落ちついたか?」と様子を伺った。

「あ、ありがと。少しは良くなったみたい。でも駄目」

おいしくもないパスタを絡めて遊びながら、家のそばにあるファミリーレストランの窓際の席で昼食を取った。食後のアイスティーが効いて、いつもの二人に戻った。男は「食った食った」と言いながら、テーブルに手をついてのけぞる。右手の窓には夏らしい白い雲が見えた。女はアイスティーの残りを飲んで氷だけにすると、日に焼けた男の左腕を両手で掴んで引寄せ、腕についている、服と釣り合っていないOMEGAのSpeedmasterを見た。男が女に視線を戻す。

「まだ一時だねえ」

「そうだね」

「あのさ、体調、すっかり良くなっちゃった」

「うん」

「でさ、まだ一時でしょ? 今からならまだ間に合うよね? 海」

そして、握った手に力を入れた。男は海に続く渋滞を思い浮かべながら、「間に合うかもな」と誰に向かってでもなく呟き、テーブルの下でサンダルをバタつかせる。掴まれた男の腕には、後にラメが残って浅黒い肌に映えた。



Copyright © 2003 raspy / 編集: 短編