第139期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 父にそして母に まんぼう 986
2 ホワイト・デーにて 池田 瑛 974
3 享受 あお 523
4 面接官雑談中(石編) 豆一目 997
5 ともこ2 岩西 健治 863
6 旺知大学経済学部一般入学試験合否通知 山羊 621
7 ばいばい qbc 1000
8 少年ピラニア 吉川楡井 1000
9 中身よ、吠えろ なゆら 827
10 白熊 1000
11 旅の終わりと始まり 皆本 1000

#1

父にそして母に

 父の告別式も終わり、私は家に一人で座っていた。
 半年の入院の末、父は帰らぬ人となり黄泉の国へと旅立って行った。
 きっと父は向こうで母と再会して、二人で仲良く暮らして行くのだろう。
『もう喧嘩しちゃ駄目だよ。喧嘩してもわたしは仲裁に行けないからね』
 父の遺影にそう心で語りかける。
『ねえ、母さん。父さんをよろしくね。お父さんは方向音痴だから、ちゃんと案内してあげてね』
 もう、あの父の笑みも、怒った時の青筋を立てた顔も見る事は出来ない。でも、わたしは目を瞑ると、それらがありありと浮かんでくる。
 今度は口に出して言ってみる。
「亡くなる前、お父さんは優しい顔をしたんだ。お母さんが向かえに来ていたのかな? 
 母が亡くなり、男手一つで私を育ててくれた父さん。大好きだった父さん。もう逢えないね。だから母さん、 母さん、本当に父さんの事頼みます」

 私は引き出しから一枚の写真を取り出す。それは二人っが結婚する前に撮った写真。場所はどこだろう? 観覧車と木馬が背景に写ってる。きっと何処かの遊園地なのだろう。
 私はこの写真が大好き。二人ともいい表情している。本当に楽しそう……

 気がつくと、知らない場所に立っていた。周りを見ると、遊園地みたいで知らない景色だったが、何処かで見た様な景色だった。
 そこでわたしは声を掛けられた。
「すいません。シャッター押して貰えませんか」
 見ているだけで、楽しそうな二人連れだった。こちらまで楽しくなるような二人。良く知っているような気もするが思いだせ無い。
「いいですよ」
 そう言って、『はい、チーズ』といいながらカメラのシャッターを押す。
 今どき光学カメラだったのが気になった……
「ありがとうございました」
「いいえ、どう致しまして」
 挨拶を交わし、その場を後にすると後ろで
「なんか感じの良い人だったね」
そんな会話が耳に入る。それを聴いて、自然と暖かい気持ちになった。

 気が付くと元の場所に居た。どうやらたた寝をしていたらしい。時計を見ると僅か10分も経っていなかった。
 先程の写真をもう一度眺める……そうか、この写真を撮ったのは……
 二人は結婚生活は長くは無かったけれど、本当に幸せな時を過ごしたんだと思い直した。
 心で深く繋がっていたんだね……父さん、母さん……
 わたしもきっと二人の様な関係を築ける人を探します。
 
 それまで、見守って下さい……


#2

ホワイト・デーにて

 私は、お返しのクッキーを貰った。
 バレンタインデーには、手作りのチョコを渡した。もちろん、区分で言うなら、大本命チョコ。それも、誰にでもチョコを配る女の子って思われたくないから、今年はギリを誰にも渡してない。あ、お父さんにはあげたけど、それは別腹ってことで。 

 「あ、これ、お返しね」と言って、茶色い紙袋を私の机の上に置いた。

 彼は、右手を後頭部に回して自分の髪を摩っている。彼の照れくさい時にする仕草だ。
 季節外れの桜が咲いた気分。

 ・

 昼休み。私は彼の後を追いかけた。お返しも貰えたし、私の気持ちに彼が応えてくれていたような気がしたから。ホワイトデーに女からの告白というのも変だけど、はっきりと告白しようと思った。

 ・

 私は、儀礼的に「お返し」を貰っただけだと知った。私が貰ったのは、既製品のクッキーだった。
 昼休みに、彼があの子に渡していたのは、ネックレスだった。彼が、自らあの子の首に付けている所を見てしまった。ピンク色。Vivienne Westwoodのエムブレムのオーブだ。遠くからでも分かる。私も欲しと思っていたから。

「そっか、彼女いたんだ。知らなかったよ」と、私は独白。

 ・

 昼休みに、何も食べれなかった。

 午後の古典の授業で、先生が百人一首を板書していく。


「今はただ思ひ絶えなむとばかりを

  人づてならでいふよしもがな」

             左京大夫道雅

「『今はただ』というのは、「今となっては」という意味だ。次の、『思ひ絶えなむ』の助動詞、説明できる奴いるか? 助動詞は2つ使われている」

 彼が、挙手をした。彼は、文武両道。もちろん、顔も良い。先生に指名されて、彼は立った。横顔が凜々しくて困る。

「『な』は完了の助動詞『ぬ』の未然形です。『む』は意志の助動詞の終止形です」

「正解だ」と言いながら、先生は彼の言ったことを板書し、「ついでに、上の句、現代語訳できるか? 」と言った。

「『今となっては、あなたへの恋をあきらめてしまおう、ということだけを』です」

「それでいいな。『と』は引用の格助詞だが、現代でも使われているな。『ばかりを』だが…… 」

 先生は、彼の訳した現代語訳の文法的解釈を続けて言った。

 私は、眠くならない古典の授業というのを、この日、初めて体験しました。泣いちゃうような授業を受けたのも、初めてでした。


#3

享受

お父さんのつくったみそ汁にはジャガイモが入ってなかった。
下の方に沈んでるのかなと思って、箸でみそをぐるぐるかき混ぜてみたけどわかめと大根しか見えなかった。
眉をひそめる。
「お父さん」
「ん?」
「ジャガイモは?」
そうたずねるとお父さんは髪の毛をぐしゃぐしゃかき混ぜて、あーだがうーだがうめいた。
「忘れてた」
「なんで?うちのみそ汁はいっつもジャガイモ入ってるじゃん」
「オレん家は入ってなかったんだよ」
「オレん家ってどこよ」
「オレの実家。なのに美智子がみそ汁にジャガイモは譲れないってきかないから」
ふうとため息をついて、お父さんはどこか遠いところを見つめるような顔をした。
たぶん離婚したお母さんとのことを思い出してるのだろう。
私を置いてきぼりでいっぱいケンカしたくせに。
お母さんのみそ汁忘れてジャガイモ入れなかったくせに。
そんなさびしいって顔するなよ。ムカツク。
「私いいよ。別にジャガイモなくても。ちょっと濃い味のみそ汁でも」
「やっぱりちょっと濃かったか」
「うん、でもいい」
お母さんのみそ汁好きだったけど。
もうそれは過去だから。
「ハナ」
「何?」
「お前の彼氏がみそ汁にジャガイモ入れたいって言ったらどうする?」
私は笑った。
「めっちゃ入れるに決まってんじゃん」


#4

面接官雑談中(石編)

 面接官の江井は、会社で唯一となった喫煙室でぷかあ、と煙を吹き出していた。
 消費税値上げの四月から割高になった煙草だが、味は変わらず。

「いやあ、参りましたよぉ」

 額の汗を拭きながら、同じく面接官の尾伊が喫煙室に入ってくる。禁煙派の台頭が著しい昨今にあっても、なぜか人事担当の喫煙率は高い。

 くしゃくしゃの煙草を取り出して火を着け、ゆっくりと煙を吐き出しながら尾伊がぼやいた。

「さっきダイヤモンド課の面接に来た中途採用の子、キュービックジルコニアだったんですよ。いや、本人も知らなかったみたいでね。お引き取りいただくのが大変で……」
「それはまた。うちは、庭石の募集かけたら、墓石向きの庵治石がきちゃって。墓石部に行くようにって、説得が大変でしたよ」
「お互い苦労しますなぁ」

 彼らは石の面接官だ。それも原石ではなく、中途採用として加工された石の担当なので、普通よりも難しい。

「あ、話は戻りますがさっきのジルコニアの子ね、どうも自分を天然モアッサナイトだと思って、ダイヤだと見栄はってたらしいんですわ。モアッサナイトは屈折率も高いし、作るコストもそれなりにありますしな。ところが実際は質の落ちるジルコニアでねぇ。それを伝えたら本人もショック受けてましたよ。こっちの方がショックですよ」
「はぁ……宝石系は加工されると、本人もそのうち自分が何だか分からなくなるんですかね」
「変な石はどこにでもいますからねぇ。江井さんのとこの庵治石は、墓石部に行ったんですか?」
「いや、それがなんとしても庭石がいいそうで。結局今回は採用見送りで」
「おやま、勿体ない」
「何せ重ねナシ二番ナシの庵治石ですからね。言い方は悪いですが庭石なんかさせられませんよ。というか庭石には庭石に合う石ってのがありますからね」

 本人の希望に仕事を合わせるのは難しいですなぁ、と尾伊は呟いた。頷きながら、江井も呟く。

「しかし昔はこんなになんでもかんでも面接しなくても、大理石なら壁材か床材、抗火石なら断熱材と決まってたんですけどね」
「我々は期間の長い石が対象だからまだいいですよ。植物系の面接なんか大変らしいですからねぇ」

 煙草を灰皿に押し付けて消し、尾伊が笑う。

「まあそう考えると、煙草の葉だけは今も世襲制でありがたい。もし煙草の葉にタンポポが採用されるようになった日には……」

 江井が笑いながら後を引き取った。

「ま、そのときは禁煙しますよ」


#5

ともこ2

「扉閉めんけど変かな?」
「別に変って訳じゃないけど、普通閉めん? だって、開いとると誰も使っとらんって分かるし、閉まっとったらいるの分かるがね、ともこって、じゃあ、使っとらんときどうしとるの」
「開けたままだがね」
「じゃ、扉の意味ないじゃん、それに外だと閉めん?」
「直樹くんの言っとることは合理的で正しい判断だけど、それって家族を信頼してないってことだがね」
「そういうことじゃなくて、マナーだが、マナー」
 いつだったか、映画の帰りに名古屋弁丸出しで直樹との、トイレの扉の会話を思い出してわたしは少し不謹慎だと思った。
 眼下に見える祖父の家には大勢の人がいた。
 田舎だというのに(いや、田舎だからなのか)葬儀に参列する適正な人数を知らないわたしには、祖父への参列者は以外と多く思われた。
 幾度めかの入院のあと祖父は他界した。母はそのときを静かに受け止めているように見えた。何もできないまま祖父の前に突っ立っているわたしを母は静かに抱いた。母の肩を抱くことが怖かったわたしの耳には、かすれて小さく泣く声が今も残っている。
 それにしても穏やかな匂いだ。母の実家はわたしが今、座っている碧々とした若い稲穂が段々状に連なっているこの田んぼの畦からよく見渡せる場所にあった。
(こういうのをタナダって言うんだ)
 タナダと書いたのは、棚田という漢字をこのとき知らなかったからだ。それでも若い稲穂が空気を動かし、ある方向へ心地よい流れを作ると、しばらくして頬を風が触っていき、穏やかな匂いが鼻腔をついた。
「ともこぉ、どこぉ」
 わたしより九つ歳上の、いとこ姉さんの呼ぶ声がする。
 近所のおばさんやおばあさんたちが、代わる代わるに葬儀の手伝いをしていた。何もできないわたしには落ち着ける場所はなかったが、いいかげん戻らなくては……、と立ち上がりお尻を手のひらではたいた。
「行かんといかんね」
 誰にともなくしゃべったはずだったが、誰かがそれに返事をした気がしてわたしは背後を振り返った。当然誰もいない。気のせいだったのか。風の音の聞き間違いだったのか。


#6

旺知大学経済学部一般入学試験合否通知

旺知大学経済学部一般入学試験合否通知。
 今朝、アパートのポストに入っていた郵便物だ。眠気まなこで新聞を取って来るという朝の日課を、普段通り忠実に行っていたが、こいつを見た瞬間に一気に目が覚めた。
 新聞紙と通知を持って一目散に居間へと舞い戻り、封を開け、そして愕然とした。
 ――不合格。
 真っ白の紙にただその一語だけがデカデカと記されているという、アニメ的且つわかりやすい表記では当然あるわけでなく、「残念な結果に相成りましたが、これをバネにより一層の精進をして頂くことを切に願っております」といったパソコンで量産される定型文などの上っ面だけ意識した、至極どうでもよく、こまごまとした文章の後に「不合格」とあった。
 いや、これは別に礼儀として書いているのであって、気にしたところでどうこうなるわけではない。そんなことはわかっている。まあ、まずもっとも気になる結果を目にして、落胆した後、定型文を読むにつけ、落第したショックを払拭することができずに、腹いせ変わりに定型文の存在価値について批判した、といったところか。

 朝日が差し込む北側の窓を、正座をした姿勢のままぼんやりと眺める――。
 カーテンが、日差しによって透けていた――。
 ああ――。なんてことだ――。これから俺はどうすれば――。
 頭の中は将来への不安で一杯だった。そんな俺の気持ちを察したのか、声をかけるように電話が鳴った。
「はい……」
「あ、すみません間違えました」
 間違い電話だった。


#7

ばいばい

(この作品は削除されました)


#8

少年ピラニア

 コの字型の校舎の真ん中に、水藻で底の見えない池がある。上履きが藻を食べていた。わたしの上履き、ママに縫いつけてもらった華柄のワッペンが、藻を食べている。もう片方はチャボのいる小屋のなかで糞尿まみれになっていた。
 夕映えが三階の硝子窓で屈折して、犬走りを照らしていた。池に浮かんだ上履きは手が届きそうもなかった。ホウキで突ついてもくるりと反転するだけで、叩いてもしぶきをあげるだけで、たぐり寄せることはできない。
 何度かバシャバシャしているうちに、藻のすきまから白い目がじろりと睨んできた気がした。目をさました、とすぐに分かった。少年ピラニアを起こしてはいけない。なんでも食べるのだ。けれど、わたしの上履きは食べない。臭いから。
 同級生がいう。酪農家の子だから、牛糞を踏んで暮らしてるって。まさか。わたしの顔を見ると牛乳が臭く感じるって、酪農家だから牛乳飲めって、机に積まれるパックの山。
 ランドセルをそばにおき、息を殺して上履きをまた突いた。白い目が、水面を探っている。目が合えば飛びかかってくる。ぎざぎざの歯のおとこのこ、人を食べるこの学校の悪魔。上履きが手前に動いた。届くかも、と腕を差し伸ばした矢先、水際の苔で爪先が滑りバランスを崩した。落ちる、そう思った瞬間、誰かが二の腕を掴んでくれて落ちずに済んだ。
 同じクラスのヨリコが、「何してんのさ」
 わたしはぜんぶ話した。上履きのこと、誰の仕業か、この池に棲む少年ピラニアのこと。
「タッちゃんちに行こうよ」
 隣のクラスの男子でヨリコと仲がいい。付き合ってるってみんないってる。わたしはヨリコに腕をつかまれて連れて行かれた。タッちゃんの家は学校からそう遠くない住宅地にあった。家の人は出かけているのか、玄関から顔を出したのはタッちゃん。「わぁ、いらっしゃい」わたしはヨリコたちと二階にあがる。
 池のほとりでわたしはいったのだ。「どうしてこんなことするのヨリちゃん」
 するとヨリコは、「遊びだよ、遊び」。わたしの上履きを池に沈めることが遊びだというの。タッちゃんが部屋の扉を開ける。「牛女が遊びに来たぜ」
 部屋の中にいたのは、見覚えのある四、五人の男子。わたしを室内に引きずり込んだ同級生の手で、服は脱がされる。抵抗するわたしをヨリコがケータイで撮っている。わたしはその背後に、水藻の森を思い出してる。そうだ、ここは池のなかだ。みんな少年ピラニアだ。


#9

中身よ、吠えろ

ぬいぐるみを剥ぐと綿がでてくるものだと思っていた。白くふわふわしている綿がほよんとはじけ飛ぶように溢れ出てくるものだと。
はさみを取り出したのも、確認するというよりただのきまぐれだ。ぬいぐるみに対する残酷性を露にすることで精神のバランスを保つ意味が強かった。それでもさすがに顔を切り裂くのはためらわれた。そこで腹の部分にはさみをいれた。おとぎ話でも狼の腹を切り裂く件があるように、自然なものと思える。ぬいぐるみは当然、何も言わずにされるがまま。まったくこの従順な熊の化身はわたしににぎられ、腹を切り裂かれようとしている。はさみを動かす。腹の部分が開き、中身が見えた。
というよりも早く、落ちてきた。予想に反して、ほよん、ではなく、どしんと落ちた。それは小さな熊だった。生まれたてのように濡れていて、かすかに震え、今にも立ち上がろうとしている。必死に手を伸ばして、わたしの足をつかみ、なんとかバランスを保ち、最後に蝶ネクタイの歪みを直した。
やあ、と熊は言う。熊がしゃべるのもなにか妙な気がしたが、ぬいぐるみである。最近は腹を押すとしゃべるタイプのぬいぐるみもいることだし、とわたしはとりあえず落ち着こうとした。あなたはずっとぬいぐるみの中に入っていたのか?とわたしは尋ねる。そうさ、埼玉にある小さな工場で私は作られた。工場長は熊である私をぬいぐるみに閉じ込めて市場に放った。運ばれた。並べられた。買われた。愛された。
「つらくなかった?」
「どうして?」
「窮屈でしょう」
「そうでもないよ、風呂にトイレもついている」
「どういう仕組みになってるの?」
「ユニットバスだけどね」
「そうだとしても」
「つらくないけど、なにしろ退屈」
「なんででてこないの?」
「チャックがないんだから、どうやってでてくりゃいいの」
と言うやいなや、熊はわたしをつかむとぬいぐるみに押し込めて、目に留まらぬ早さで縫う。気付いたときにはぬいぐるみに閉じ込められていた。たしかにチャックがないと出れない。


#10

 齢八十、漁師の又郎は寝床についたまま、目を覚ますことはなかった。その報せは半日のうちに漁師仲間やその家族に伝わり、葬式の日時も確認された。
 漁港の中では、きょうも朝早くから沖へ出て、沖から戻った三十隻の漁船が、荒太いロープで繋がれ小さく揺れていた。陽が昇ってからはずっと、晴れた空ではウミネコが白い羽を伸ばして漂い、南風に乗ってないている。
 又郎と同じ鮪漁師の源三は、家族の誰とも話さなかった。蠅が留りそうな目は、部屋のどこか隅の一点を見据えていた。一人の漁師のいなくなった夜は、漁師達の心に静けさを感じさせた。
 まだ星の見えるうちに漁師達は沖へと出て行く。ただ一艘、又郎の船だけは、誰も乗り込む者がなく、出掛けた飼い主を待つ玄関先の犬のように、繋がれたまま海へ出ることはなかった。漁師達も、何も口に発しないが、沖へ出ない船を意識していた。又郎の隣に船を繋いでいる源三も、みなと同じ、いつものように口をつぐんだまま、又郎の船の方を一瞥もせずに、沖へと出て行った。
 陽が昇り、小学生、中学生、高校生達はうちを出て、学校へと白いヘルメットを並べて歩いている。未明のうちに沖へ出ていた船は、漁港に戻ってきた。しかし、源三の船だけは、いつまでも戻って来なかった。漁師達は、帰って来ない源三の船に無線を入れてみたが、源三からの応答も返ってくることはなかった。この日、又郎のうちで御通夜が行われ、親戚達が手伝って、明日の葬式の準備をしていた。
 翌日も源三が帰って来ないまま、又郎の葬式が始まった。海から戻ってきた漁師達は、みな潮を落として喪服に着替え、又郎の家に集まった。
 漁師達の車を連れて、霊柩車に乗せられた又郎の棺は火葬場へと運ばれていった。荼毘にふされ、骨壺に入れられた又郎は、娘夫婦と共にうちへ帰ってきた。火葬場へ行った者達は、車の窓から又郎の船の隣に、源三の船が結ばれているのに気がついた。骨壺は写真と共に仏壇の前に置かれた。
 その夜、漁師達は又郎の家で共に食事をすることになり、準備を始めた。海の料理がふすまをはらった居間に並べられていった。二日沖へ出たままだった源三が、大皿を五つ持って現れた。源三は今朝獲った鮪だと、皿の一枚を源三の写真の前に置くと、しばらく手を合わせていた。その夜、漁師達は、又郎の家の料理と源三の獲ってきた鮪を食べながら、尽きない又郎の思い出を、夜遅くまで語りあっていた。


#11

旅の終わりと始まり

 白い頭蓋骨と白い腕の骨を見つけ、私はこの旅の終りが近いことを知る。
 田舎道の脇に雑草が生い茂っている場所があり、幾度となく空振りを繰り返した予感に促され、掻き分けたそこに骨だけになった彼女がいた。
 彼女なのはすぐにわかった。いや、もしかすると違ったのかもしれないが、私はその骨が彼女のものだと決めた。
 近くの農家に彼女の骨を見せて事情を説明し、鶏を一羽わけてもらった。教えられた道順を縄で繋いだ鶏とともに辿り、すでに廃校になった小学校を訪れた。そのときにはもう日が落ちて辺りは暗くなっており、懐中電灯に照らされ見えた校舎が酷く不気味なものに感じられた。
 ランプを灯し、鶏とともに夕食を済ましてから、雑草がまばらに生えた校庭の隅に彼女の骨を埋めた。鶏を校舎の柱に繋ぎ、その校舎が不気味過ぎたので、私は校庭で毛布にくるまって眠りについた。
 翌朝、鶏の鳴き声で目を覚ますと、まず彼女を埋めた場所を調べにいった。そこには一輪の白い花が咲いていた。ひっそりとした小さな花だった。
 花は数分もしないうちに枯れ、その花芯に一粒の種を残した。私は種を取り出し、てのひらにのせた。花の種にしてはかなり大きいほうだろう。親指と人差し指で輪を作ったくらいの球体。白地で一部が黒く染まっている。種は人の眼球のようにも見えた。
 私は種を鶏のところまで持っていき、その嘴の近くに差し出した。鶏は幾度か首を傾げ、二、三度つついて危険がないか確かめたあと、嘴を大きく開けて挟み、少し苦労しながらも飲み込んだ。
 それから私は鶏を繋いでいた縄を外した。鶏は自由の身となり、しばらく羽をばたつかせて走り回っていたが、急に立ち止まるとすぐにぱたんと倒れた。羽が抜け落ち、見る間にその形を変え、やがて鶏サイズの人間の姿になった。人間の女の姿に。彼女の姿に。
 私はさっきまで鶏だった彼女を拾い上げる。水筒の水をかけると、その冷たさに彼女は身震いし、唇を尖らせて私を睨みつけた。
 なだめてから小さな彼女を肩にのせ、慣れないながらも焚き火をした。
 私が肩に手を差し出すと、彼女は恐る恐る私のてのひらに腰を下ろした。そのまま手を焚き火の前に持っていく。ふと彼女は私にひっそりとした笑みを見せた。それから炎を眺め、するりと椅子から滑り降りるように焚き火の中へと飛び込んだ。
 焼けてから食べた。
 こうして私の旅は終わりを告げ、これから彼女の旅が始まる。


編集: 短編