第139期 #9
ぬいぐるみを剥ぐと綿がでてくるものだと思っていた。白くふわふわしている綿がほよんとはじけ飛ぶように溢れ出てくるものだと。
はさみを取り出したのも、確認するというよりただのきまぐれだ。ぬいぐるみに対する残酷性を露にすることで精神のバランスを保つ意味が強かった。それでもさすがに顔を切り裂くのはためらわれた。そこで腹の部分にはさみをいれた。おとぎ話でも狼の腹を切り裂く件があるように、自然なものと思える。ぬいぐるみは当然、何も言わずにされるがまま。まったくこの従順な熊の化身はわたしににぎられ、腹を切り裂かれようとしている。はさみを動かす。腹の部分が開き、中身が見えた。
というよりも早く、落ちてきた。予想に反して、ほよん、ではなく、どしんと落ちた。それは小さな熊だった。生まれたてのように濡れていて、かすかに震え、今にも立ち上がろうとしている。必死に手を伸ばして、わたしの足をつかみ、なんとかバランスを保ち、最後に蝶ネクタイの歪みを直した。
やあ、と熊は言う。熊がしゃべるのもなにか妙な気がしたが、ぬいぐるみである。最近は腹を押すとしゃべるタイプのぬいぐるみもいることだし、とわたしはとりあえず落ち着こうとした。あなたはずっとぬいぐるみの中に入っていたのか?とわたしは尋ねる。そうさ、埼玉にある小さな工場で私は作られた。工場長は熊である私をぬいぐるみに閉じ込めて市場に放った。運ばれた。並べられた。買われた。愛された。
「つらくなかった?」
「どうして?」
「窮屈でしょう」
「そうでもないよ、風呂にトイレもついている」
「どういう仕組みになってるの?」
「ユニットバスだけどね」
「そうだとしても」
「つらくないけど、なにしろ退屈」
「なんででてこないの?」
「チャックがないんだから、どうやってでてくりゃいいの」
と言うやいなや、熊はわたしをつかむとぬいぐるみに押し込めて、目に留まらぬ早さで縫う。気付いたときにはぬいぐるみに閉じ込められていた。たしかにチャックがないと出れない。