第139期 #7

ばいばい

 キョウヘイが小学校でいじめられているのだそうだ。キョウヘイはカワサキの息子だ。カワサキは小学校時代の私の友人だ。私はキョウヘイを不憫に思った。
 だから私はカワサキに打診した。
「ドライブにでも連れて行こうか」

 日曜日に東八道路を西に。近所ですこしは話題にのぼるラーメン屋にでも連れて行こうと思った。東京都下の道路は割合混んでいるけれど、たかだか三〇分ばかりのドライブ。
 私は学校では運動も勉強もそこそこ。一人っ子のせいか交際もヘタで、学校生活をまるで楽しめなかった。そんな境遇だったからキョウヘイの気持が分かるのではないかと勝手に思っていた。
 私はラーメン店に入る前にキョウヘイにこう言った。
「君が君らしくいることを認めてくれない場所なら、そこから逃げだしてもいいんだ」
 私は我ながら良いアドバイスだなと思っていた。しかしキョウヘイはいきなり私の脛を思いきり蹴ってきた。どういう意図なのかと私が彼の瞳をのぞくと、キョウヘイはおぞましい形相で私を睨んでいた。

 結局ラーメンを食べるのを中止してカワサキの家に連れて戻った。
 カワサキとカワサキの奥さんに経緯を話した。私は、ちょっとばかり被害者めいた口調だったかもしれない。今考えれば善意の押しつけ以外の何物でもないが、その時は自分が良いことをしたのにキョウヘイに退けられた・ともすればこういう性格だから学校でいじめられるのだということさえ言外に伝えていたかもしれない。
 私からの一通りの弁明を聞くと、カワサキの奥さんは手を振りあげてカワサキの頬を張った。
「依頼心ばかり強いカス野郎が」

 どうやらこのキョウヘイの奥さんの性格がきつすぎ、それで夫婦関係の均衡が崩壊してキョウヘイの性格を不安定にさせているのではないだろうか。いじめられる原因は、それ。
 私は喫茶店で目の前の女性にそう話した。
「そうかもしれない」
「そう思うだろう」
 私は、人付合において家族関係が重要であることを彼女に説明した。所属する家族がその人にとっての人間関係の原モデルになるのだから、それがわやくちゃなものだといつまでたってもまともな交流なんてできやしないんだ。
「あなたもそうだった?」
「でもあなたが現れたから変わった」
「なぜ?」
「私を許容してくれたから。自分にもまっとうな人間関係が作れるんだなって自信がついた」
「良かったね」
「うん。良かった」
 彼女が言った。
「ばいばい」
 ばいばい。



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