第139期 #5

ともこ2

「扉閉めんけど変かな?」
「別に変って訳じゃないけど、普通閉めん? だって、開いとると誰も使っとらんって分かるし、閉まっとったらいるの分かるがね、ともこって、じゃあ、使っとらんときどうしとるの」
「開けたままだがね」
「じゃ、扉の意味ないじゃん、それに外だと閉めん?」
「直樹くんの言っとることは合理的で正しい判断だけど、それって家族を信頼してないってことだがね」
「そういうことじゃなくて、マナーだが、マナー」
 いつだったか、映画の帰りに名古屋弁丸出しで直樹との、トイレの扉の会話を思い出してわたしは少し不謹慎だと思った。
 眼下に見える祖父の家には大勢の人がいた。
 田舎だというのに(いや、田舎だからなのか)葬儀に参列する適正な人数を知らないわたしには、祖父への参列者は以外と多く思われた。
 幾度めかの入院のあと祖父は他界した。母はそのときを静かに受け止めているように見えた。何もできないまま祖父の前に突っ立っているわたしを母は静かに抱いた。母の肩を抱くことが怖かったわたしの耳には、かすれて小さく泣く声が今も残っている。
 それにしても穏やかな匂いだ。母の実家はわたしが今、座っている碧々とした若い稲穂が段々状に連なっているこの田んぼの畦からよく見渡せる場所にあった。
(こういうのをタナダって言うんだ)
 タナダと書いたのは、棚田という漢字をこのとき知らなかったからだ。それでも若い稲穂が空気を動かし、ある方向へ心地よい流れを作ると、しばらくして頬を風が触っていき、穏やかな匂いが鼻腔をついた。
「ともこぉ、どこぉ」
 わたしより九つ歳上の、いとこ姉さんの呼ぶ声がする。
 近所のおばさんやおばあさんたちが、代わる代わるに葬儀の手伝いをしていた。何もできないわたしには落ち着ける場所はなかったが、いいかげん戻らなくては……、と立ち上がりお尻を手のひらではたいた。
「行かんといかんね」
 誰にともなくしゃべったはずだったが、誰かがそれに返事をした気がしてわたしは背後を振り返った。当然誰もいない。気のせいだったのか。風の音の聞き間違いだったのか。



Copyright © 2014 岩西 健治 / 編集: 短編