第139期 #2

ホワイト・デーにて

 私は、お返しのクッキーを貰った。
 バレンタインデーには、手作りのチョコを渡した。もちろん、区分で言うなら、大本命チョコ。それも、誰にでもチョコを配る女の子って思われたくないから、今年はギリを誰にも渡してない。あ、お父さんにはあげたけど、それは別腹ってことで。 

 「あ、これ、お返しね」と言って、茶色い紙袋を私の机の上に置いた。

 彼は、右手を後頭部に回して自分の髪を摩っている。彼の照れくさい時にする仕草だ。
 季節外れの桜が咲いた気分。

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 昼休み。私は彼の後を追いかけた。お返しも貰えたし、私の気持ちに彼が応えてくれていたような気がしたから。ホワイトデーに女からの告白というのも変だけど、はっきりと告白しようと思った。

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 私は、儀礼的に「お返し」を貰っただけだと知った。私が貰ったのは、既製品のクッキーだった。
 昼休みに、彼があの子に渡していたのは、ネックレスだった。彼が、自らあの子の首に付けている所を見てしまった。ピンク色。Vivienne Westwoodのエムブレムのオーブだ。遠くからでも分かる。私も欲しと思っていたから。

「そっか、彼女いたんだ。知らなかったよ」と、私は独白。

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 昼休みに、何も食べれなかった。

 午後の古典の授業で、先生が百人一首を板書していく。


「今はただ思ひ絶えなむとばかりを

  人づてならでいふよしもがな」

             左京大夫道雅

「『今はただ』というのは、「今となっては」という意味だ。次の、『思ひ絶えなむ』の助動詞、説明できる奴いるか? 助動詞は2つ使われている」

 彼が、挙手をした。彼は、文武両道。もちろん、顔も良い。先生に指名されて、彼は立った。横顔が凜々しくて困る。

「『な』は完了の助動詞『ぬ』の未然形です。『む』は意志の助動詞の終止形です」

「正解だ」と言いながら、先生は彼の言ったことを板書し、「ついでに、上の句、現代語訳できるか? 」と言った。

「『今となっては、あなたへの恋をあきらめてしまおう、ということだけを』です」

「それでいいな。『と』は引用の格助詞だが、現代でも使われているな。『ばかりを』だが…… 」

 先生は、彼の訳した現代語訳の文法的解釈を続けて言った。

 私は、眠くならない古典の授業というのを、この日、初めて体験しました。泣いちゃうような授業を受けたのも、初めてでした。



Copyright © 2014 池田 瑛 / 編集: 短編