第138期 #13

グーピー

「おい、豚。」
「んだよ。豚は体脂肪16%とかで俺なんかよりも細いんだぞ。しかも俺と違って本当はきれい好きだし。人間が生ごみとか食わせるから臭いだけで豚は臭くねーし。だから俺と豚を一緒にすんなよ。豚が可哀想だろ!」
「ご、ごめん。」
これが初めて豚というアダ名を返上した日だ。その日は絶対言うぞと決めて学校に行っていたし、事前に噛まないように練習もしていた。その甲斐あってかいじめっ子もタジタジ、そこからヤバいやつと一目置かれるようになった。
以来いじめもなくなり悠々自適な学校生活を送れるようになり、自分にとって豚と呼ばれていた時よりも豚が身近な存在になった気がしたもんだった。

そういうわけあって、大学で入った「動物に愛を持って食す会」が鶏の次に何を飼育して食すのか考えている時に、考えなしに
「豚とかどう?」
って言ってしまったのは僕にとっては自然の流れだった。
大学に入った時はもう人並みの体型になっていた自分を、豚と呼ぶ人はもういなくなっていた。豚とアダ名を付けられていたことも知らない人たちにとってはそれは突拍子もない気がしただろう。
「豚は難しいんじゃない?」
「いや、豚って実は知能高くて、本当はきれい好きだしさ。」
ここぞとばかりに豚知識を披露し、賛同を勝ち取り飼うことになった。
その頃大学内に小屋を勝手に建てて住んでいた。僕たちは豚という新しい同居人を楽しみながら出迎えた。もちろん最終的には食すのだが、それまではちゃんと愛情をもって育てる。それがこの会の鉄則だった。お風呂に入れたり、一緒にTVを見たり、コタツで温まったり。いけないと思いつつ名前をグーピーとした。鶏と違い頭がいいのでどんどん愛情も生まれ、もうこのまま殺さずにここで飼いたいと皆思っていた。

でもある通達が大学側から下された。豚は衛生的にも問題があるから、本当に飼育しているならすぐに大学側に引き渡しなさい。
即座に開かれた臨時会議では、愛のない誰かの手より愛ある自分たちの手で、自分たちが生かされる感謝と愛情をもって最後まで、が叫ばれた。
当初の予定より早いお別れだった。皆の涙は深い愛を語っていた。苦しまないようトンカチで頭を割り、血抜きをし、食した。食用に育てていないので、お世辞にもおいしいとは言えなかった。でも皆のいただきますとごちそうさまは感謝と愛情の言葉だった。
今は豚と呼ばれていたことを光栄に思えた。グーピー。ありがとう。



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