第138期 #11
利奈先輩は基本的にやる気がない。私もやる気があるほうじゃないけれど、先輩ほどではないと思う。部活は気まぐれに休むし、ダッシュとか腹筋の数をよくごまかそうとする。でも今は、いつもと違って真剣な顔をしていた。
私は砂場の横で三角座り、斜め前から先輩の姿を見つめている。睨みつけるような先輩の目は、高跳びのバーのほうに向いている。つま先で地面を叩いてスパイクの土を落とし、そのうちに力を抜いて立ち、息を吐きながら俯いて、ためらうような一瞬のあと、走り始める。
大きな歩幅で地面にスパイク跡をつけていく。高跳び特有の助走。バーの手前で踏み切り、伸び上がるようにして肩から跳ぶ。胸を張り、身体がしなる。肩、背中、腰、お尻、太もも。バーの数センチ上を通過させ、最後に足を抜く。――踵がバーに当たった。
先輩の身体がマットを叩き、一瞬遅れてスタンドから外れたバーが地面に落ちた。チッと先輩の舌打ちが聞こえた。
十分ほど前、私は先輩の記録を二センチ超えた。私は先輩よりも八センチ背が高い。陸上の、こと高跳びに関しては長身のほうが有利だとされている。けれども先輩と私はけっこういい勝負をしている。私は背の高さと脚力で跳んでいる感じで、先輩は全身のバネと跳躍センスで跳んでいる感じだ。
私はときどき先輩の跳躍に見とれてしまう。助走、踏み切り、跳躍、クリアランス、抜き足。すべてが淀みなく流れて、驚くほど綺麗なときがある。すべての動きが高跳びのためだけにあるような……というのはたぶん言いすぎだろうけど。
バーを戻してから、先輩がまた助走開始位置へと向かう。歩きながら考え込むように右手を口元にやり、腰の前辺りにある左手、その指先が跳躍イメージを表すように動いている。スパイクでつけた目印の場所で立ち止まる。
先輩がちらりと私のほうに目を向ける。私はちょっと勝ち誇ったように笑ってみせる。先輩は苦笑いを浮かべ、そのまま地面に目を落とした。ためらうような一瞬のあと、走り始める。
助走から踏み切り。跳ぶ。流れるように、驚くほど綺麗に。
「よしっ……と」
先輩はマットの上で小さくガッツポーズをした。バーはスタンドにかかったまま、揺れてもいない。私もいつの間にか同じように拳を握っていた。それからはっと我に返って、先輩がこっちを向く前にと、にやけた口元を手で隠した。