第137期 #5

それでも木本君は鳩を出す

先生へ
春子です。
手紙ってスゴいキンチョウしますね。
わたしはまわりくどいのイヤなんで、先に言っときますね。
好きです。つき合ってください。
わたしはホンキです。
ママに連れられて先生がわたしの部屋に入ってきたとき、ひとりの乙女は恋に落ちたのです。
先生の、どこが好きなのか。スゴい優しいとこ。
ほら、あの、先生と同じ奇術研究会の、やたら鳩を出す人、いるじゃないですか。先生に連れて行ってもらった学園祭の打ち上げのとき、鳩の人が飲み過ぎて勝手に倒れて、まったく、とかみんなあきれてたら、先生はなんのチュウチョもなく、人工呼吸してましたよね。男同士でスゴい。そこまでできる絆ってスゴい。尊敬しました。
ちょっと妬いちゃったんだから。
あと、わたしのバイト先の店長、と話すときの自然な笑顔が好きです。店長とおトモダチなんですよね?店長が「むかし、仲がようていっしょに住んでてん」とか言ってましたから。二人ともスゴいビンボーだったんですね。
わたしはホンキですから、どんなに迷惑だろうとわたしは先生とつき合えるまでスゴい頑張るつもりです。
わたしが頑固なことは知ってますよね?



木本君。ごきげんよう、などと書き出すのもわずらわしい。僕の想いはもうとまらない。君が好き。はっきり言わせてもらうが、君は素敵すぎる。鳩を出す君のあの堂々とした顔、鮮やかな手さばき、出てきた鳩の凛とした表情、なんという美しさだろう。君から流れる汗の一粒さえも、鳩の鳴き声一つさえも、僕にとってはギリシャ神話の神々に遭遇したように感じた。君と鳩と二人と一匹でいればあとはなにもいらない。君のその儚い笑顔と鳩のホロッホーがあれば、それでいいのだ。ああ、君とこのまま小さくただの親友としてすごしていければ、それはそれで幸せかもしれない。しかし僕は一歩踏み出す勇気をもらったのだ。君は忘れているかもしれない。打ち上げで、飲み過ぎた君は突然倒れた。その場にいた誰もが焦っていた。僕は君が心配で心配でたまらなかった。気付いたら僕は君の唇を奪っていた。何も考えていなかった。皆にどう思われたのかわからない。構うものか、僕は嬉しかったよ。君が拒まずに僕の唇を受け入れてくれたことを。以来、君のことを意識してしまう。僕はもうとまらない。木本君、一緒に暮らさないか?心配ご無用、ペットショップ店の店長とはとはもうすっきり別れ、いい関係だ。餌なら山ほどある。(悠紀夫より)



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