第137期 #4

dizzy

 佐藤伊織とバイト先が同じであることを知ったのは、働き始めて3ヶ月も経った頃だった。同じといっても、テナント店が密集する駅ビル内のことだから当然と言えばそうだが、それより佐藤伊織を見つけることが難しいからだと思う。佐藤伊織の特異な趣味は、彼を彼と認識することが難しい反面、絶対に彼だと断定できる要素でもあった。

 佐藤伊織は同じクラスだが、大抵派手な雰囲気の女子に囲まれていた彼と私の接点は皆無で、当然のようにほとんど話したことはない。彼の人気はクラス内にとどまらず、学年さえも超えていた。確かに佐藤は容姿に恵まれている。とはいうものの浮ついた噂での人気ではなく、彼の華麗にして突飛な、常識を超える、要するに女装の趣味のせいだった。
 彼の女装は完璧だ。知らなければなんときれいな女性であるかと疑いもしないだろう。しかし社員食堂で「きれいな男の子が女装して服を売っている」という噂話を耳にしてから、すれ違う彼の人が佐藤伊織だと知った。女子の多くが彼から、新作のマスカラやネイル、流行のスカートまで目を輝かせながら情報収集したがる理由が分かった。彼を雇ったお店も冒険だったろうが、先見の明だ。売り上げは右肩上がりらしい。

 9月のある日曜日、私はダンボールの山と格闘していた。
 私は鮮魚売り場担当なのだが、この体格を買われて婦人服のセール品の移動を命じられた。人間見た目で判断しちゃいかんと思うのだが仕方が無い。それにしても洋服は詰め込まれるとこれほど重いのか。どうにもならず、何か道具になるものを探していると、後ろからどすんという音がして振り向いた。そこには、黒い長めのニットにミニスカートをはいて、まだ暑かろうがタイツにブーツの佐藤伊織が巻き髪を肩で揺らしながら軽々とダンボールを移動させていた。うっかり呆然としていると「鈴木さんが、そっちを持ってくれたらうれしいんだけど」とダンボールの端を指差した。あわてて私も端を持ち、いとも簡単に全てを台車に積むことが出来た。なんとなく気まずくなった私は冗談交じりに言った。
「こんなに手足が太いのにさー、全然力なくてさー。見掛け倒しだよねーあはは」
笑ってこの場を和まそうとしたが佐藤伊織は笑わない。
「鈴木さん、女の子なんだから力無くって当然でしょ」
至極真面目な顔をしてそう言った。
 それから、佐藤伊織の顔をまともに見ることが出来なくなって困る。



Copyright © 2014 長月夕子 / 編集: 短編