第137期 #10

巡礼

 罪なきこどもたちの骨を砕いて粉にしたかのような、淡く白い砂の浜を囲んで海原があり、その沖合にひとつ柱が建つ。
 柱の足もとから伸びる影は浜へ届きそうで届かず、打ち寄せる波のしぶきに辛うじて触れるにとどまった。柱の陰では若布の群れが一直線に列んでおり、鰓呼吸さながら、海面からあたまを出して揺れている。そうして大気中から得られた水分は、蒸留され海へとしずかに流れていく。
 先に亡びた珊瑚への弔いか、雲が柔らかい棺を形づくる。海が、心臓を動かしたかのように力強い波で浜を打つ。やや待っていれば、その海の生気、若布の胞子すら寄り集まって昇っていき、入道雲の脚の一部になる。ふところに、夏の湿った稲妻をはらんだ入道雲はさらに湿り気を欲し、とこしえに近い海の記憶を吸い尽くせば雲の、一抹の記憶として収納されていく瑠璃色の想い出こそいにしえ。

 猿は居ず、猛禽も居ず、家畜も居ない大陸には竜と蟲と昔鼠と、その皮膚や骸を欲しがってやまない繊微の浮遊者、屍へと成り果てていく海に愛想を尽かし自らに足を設けることで上陸を果たした鎧魚ばかりが居る。海のあぶくより騒がしい繁みからそれらは顔を出し、いまにも絶していく海の頓死を見物しているようだ。緑の葉や草のつゆにひそんでせっせと野良仕事をしている繊微の労働者たちが、世界を作りなおすべく非時の酵素を野に放つ。風化した珊瑚を空に放つ。

 古代の旅を愉しむ飛空艇が上空に一艘。
 案内役が右手を翳した空は見おぼえのある青だねと戯ける家族連れ、密林の底にて項垂れる竜の種族を指さしてはその名を呼ばわり合って歓ぶ、物静かな男女。飛空艇は南へと旋回し活火山を見おろし始め、その麓で灰が森を融かしていく様、炎が岩盤を削っていく様、煤烟が暗雲へと染めていく様を眺める場面に入る。海棲葬送曲のこと、古生物の参列のことなど思い出しもせず、人々は、森から波濤のように羽ばたき出てくる尻挙げ蟲の群れに嬌声をきかせ、終の宴と云わんばかりに、手を叩く、踊りを舞う、笛をきかす、溜息をもらす。飛空艇のなかを少しだけ暑くさせる。

 黄昏どきにやってきた紙芝居の小父さんが撥を鳴らして了と云う。手早く巻いて締められていく絵物語は、途端に海も火も、飛空艇のからくりもない空き地の光景に掻き消され、小父さんは、体育座りの児童たちへ飴玉を授けると決まってこう云う。
「これにてキミの細胞が、隠してきた歴史、終わり、ね」



Copyright © 2014 吉川楡井 / 編集: 短編