第136期 #6

ごめんねのなみだ

あたしは桜井美野里の涙が大嫌いだ。

美野里の教室の前の廊下を通り掛かったときだった。
なんとかカオリのグループの子たちの話し声が聞こえたのは。
「美野里、あんな子とつるむの止めて、あたしらのグループ来なよ。
そんで、一緒にカラオケとか行こうよ」
そんな言葉が聞こえても他人の言葉への関心が薄いあたしは、怒りも悲しみも感じることはなかった。
ただひと息ため息がこぼれた。またか。
あたしは無音のイヤホンを耳に刺しこんだ。
よくよく考えてみると、さっさと立ち去って聞かなかったことに
すればよかったんだけども。
なぜだかその場から足が離れなかったということは、
なんだかんだいってもあたしも動揺していたんだろうか。
うん、きっと動揺してたんだろう。
「ちょっと顔がいいからってツンツンしちゃってさぁ。
何様ですかぁって感じ」
かん高いカオリの声だけが響いて、美野里の小さな声は聞こえてこない。
そのことに少しだけ安堵している自分からそっと目をそむけた。
「えぇ?もう、美野里は優しすぎるって。
まぁ、そういうことならしょうがないけど」
その声と同時にがらがらと扉が開く音がしたので、あたしは咄嗟に
耳に髪をかけながら歩き出した。
「やば、今の聞かれたかな」
「イヤホンしてるし大丈夫じゃん?」
後ろで行われているやり取りに、上手く誤魔化せたようだと
胸をなでおろした。
でも美野里は覚えているかもしれない。
私が耳が痛くなるからイヤホンが嫌いだってことを。
心なし早足で廊下を歩きながら私は思う。
あたしはこんな言葉なんか、あんな目線なんか全くなんてことないんだ。
これは強がりなんかじゃない。
でも、だけど。
それらにあたし以上に傷つく美野里を見ることが、死んでしまいたくなるくらい嫌で嫌でたまらなかった。
美野里の涙を見るたびに、くり抜きたくなるくらい胸がずきずきと痛んだ。
でもあたしは「あたし」の傍にいてくれる人のことを手放すことができない。
だから今日も美野里は泣いて、私はそれにつっけんどんに返しながら。
心で泣くのだろう。



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