第136期 #12

最後のデザート

 オナニーして一息ついた。チャットセックスだった。興奮が止みきらず右人指指がかすかに揺れた。私はイスから立ちあがった。お茶を飲むために電気ポットのスイッチをオンにした。
 席に戻ると、彼(もしかしたら彼女なのかもしれないけれど)がこうチャットしていた。
「こんなに自分と合う人は初めてだ」
「私も」
 と私は返した。
 彼とは三か月の付合だった。インターネットサービスのストリーム放送のコメント欄で、チャットツールのアカウントを交換して、すぐに、こうして、オンライン上で交情する関係になった。3枚重ねのティッシュの上に置いた机の上のバイブレータを見つめる。
「俺、現実の生活とネット上の自分の性格が若干違っていて、多少は演じてる部分があるんだ。で、このアカウント上の自分を、自分の子供みたいに思ってるフシがあってさ」
 彼が彼の意見として言っていることは、演じていると言っている以上は本心ではないのだろうけれど、私は調子を合わせた。これから彼がどんな筋道の話をするのか興味が、あったので。
「私もチャット上での自分を、自分の子供みたいに思っているよ」
 彼は、私の同意が愉快だったようだ。wwwと連ねた。wは笑っているよというメッセージだった。
「俺、名前を消したいんだ」
「へえ」
 私は、世界で最後のデザートを食べているような気分になった。舌の先が甘さで蕩けて、ぐだぐだのでろでろになる。最初ショウガの香りがしたかと思うと、続いてミントの青くささが、それからめまぐるしく様々な香辛料が鼻先を駆け抜けてゆく。
 過去数百年間を圧縮しても足りないくらいの愉悦が訪れて、こんな顔も知らないような性欲の捌口との知りあい方は、この先、もうこれ以上に新しいモノは歴史上に現れないんじゃないのか。

 彼は続けた。
「自分に関する漢字も、ひらがなも、アルファベットも、消す」
「うん」
「キーボードからも、それをタイピングするためのパネルが消えて。何かの放射線でその音を発生する喉も局部的にダメになっちゃう。そして、昔その文字を表していた記号群は、図像扱いになり、誰もその意味を覚えていない。誰も彼もが、自分の名前を忘れる」
「それはきっと愛って読むのよ」
 私はくだらないことを言った。
 彼は言った。
「自分が消えるってそういうことなんじゃないのかな」
「そうね、消えたいね」
「ああ」
「死ぬのじゃなくて消えたい。すべてを、無かったことにしてしまいたい」



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