第136期 #10

フィアンセのままで

すわって靴下を脱ぐときに、上体を曲げて手で靴下を引っぱり剥ぐ行為が好きだ。身体の固いわたしは気合いを入れて手を伸ばさないと靴下の先に届かない。運動した方がいいよ、と姉は言うが、運動ではなく、柔軟ではないだろうか、と変なところに引っかかり何もしない。片一方ずつ靴下を剥ぐ。それをぽい、ぽい、と放る。靴下は脱ぎ散らかすべきものだ。床にてん、てんと落ちていることが靴下の、自由度をあらわしているのだ。つまり、靴下をはいで、そのままその辺に放置することが、靴下の靴下たる所以で、それがなければただの布と成り下がるのだ。例えば下着だったらそんなに無闇に脱ぎ散らかしてはいけない、すごく卑猥な印象を与える。例えばコートだったら場所を取る。パジャマだったら存在が大きすぎてなにかどんよりとした気分になる。けれど靴下だったらちょうどいい。脱ぎ散らかすのにちょうどいい大きさと存在感だ。と姉が言ってたので、それはこじつけだよと嗜めながら靴下をはいた足でのどをそよそよしてやる。姉はこそばゆそうに目を細める。ああもう珈琲を点てよう、もっと現実的なことを話したい。親戚へのあいさつはいつ、旅行の費用はいくら、貯金はいずれ尽きてしまう。生活費を稼ぐ必要がある。電気や水道はすぐに止められるんだ。靴下にかまっている暇はない。フィアンセがもうすぐやってくる。きっとわたしを抱くのだろう。姉の前で抱くのだろう。姉はかまわず鳴くにちがいない。あんた、遊ばれとるんよ、本当に大事なんなら、日曜の深夜に来んわ、と囁いている。でもそれはくっそ忙しいからだし、最初は少し乱暴だけど射精した後はすごくやさしくしてくれるし。まったく都合のいい女や。きょう、フィアンセに聞いてみよう。靴下を脱ぎ散らかしていいかどうか聞いてみよう。もちろん、いいよ、と言ってくれる。フィアンセのままで、わたしの点てた珈琲を飲んでくれる。きょうは朝までいっしょにいてくれる。



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