第135期 #9
私の会社の上司はいつもお洒落なメガネを掛けている。彼女が結婚した。相手は十歳近く年下の二十代の男性で、実は私と同期だ。彼がまた本当に本当にいい奴で、お似合いの二人で、だれもが心から祝福した。ところで彼女の祖母はアメリカはカンザス州に住んでいて、重病で入院しており、結婚式にもこれなかった。その後容体がさらに悪化し、余命いくばくもないと診断されたという。私は仲間と相談して、インターネットで二人の幸せな姿をカンザスに生中継で届けることにした。休日にレンタルスタジオを借りて、上司と花婿を招待した。上司はいつものビジネススーツではなくてカジュアルなスカート姿で、メガネを掛けてなかった。準備万端整え、カメラの前で、練り込んだ台本通りに二人に質問を開始しようとしたそのとき、突如朝野先輩が乱入してきた。
「うあーみっちゃんおめでとう。君が結婚できたとはなあ。昭和は遠くになりにけり」
「先輩。どうしてここがわかったんですか!」
「おれ倫子君が新人のときOJTやったんよ」
「先輩黙ってください。カメラから出て。今カンザスと生で繋がってるんです」
「おまえが質問したんだろ」
一応先輩がカメラの視界の外に出たので、私は気を取り直し用意しておいた質問を読み上げた。
「倫子さんは彼のどこが気に入ったんですか?」
「人柄ですね。歳が離れてるから話が合うか心配だったけど、彼、とても包容力があって」
「歳なんか関係ないですよね。では、康夫君は彼女のどこが気に入りましたか?」
「全部です」
「そうですよね。私も部下として一緒に仕事してて、仕事早いし判断正確だし、とても理知的ですばらしい上司です。有名人で例えるとほら、あの――」
「スネ夫のお母さん」と先輩が叫んだ。
「じゃなくて、タレントのベッキーさんに似てますね」
「ええっ! スネ夫の母親とベッキーが似てるかあ?」
「だから似てないって言ってるだろ」
「メガネだけだろ」
「うるさい黙れ、出て行け!」
カメラマン役の同僚が大きく手を振ってカメラを指さした。私は我に返って質問に戻った。
「それでは最後に、お互い相手にひとつだけこうしてほしいみたいなことがあったら。じゃあ、今度は康夫君から」
「今のままで十分です」
「そうでしょうとも。でもせっかくだから、ひとつだけなにか?」
「じゃあ――」
二人はじっと見つめ合った。
「今夜は、メガネを掛けたままで……」
「やっぱりメガネかよ!」と先輩が叫んだ。