第135期 #8
午後四時の街の中心駅から緑地公園へと繋がる、歩行者天国の真ん中。青年が一人、横になって地面に耳をつけていた。往来には、彼に気を留める人はいなかった。歩きながらスマートフォンを操作する人も、青年の体に足を引っ掛けることなく、彼の周りを過ぎて行った。歩き去る人々の中で、地面に耳をつけた彼の動きだけが止まっていた。
もしこの往来の人々が、携帯電話を持っていなければ、いち早く彼の存在に気付いただろう。しかし人々は、歩行者でありつつ、歩行者のみであることに満足しない。常に何かをしつつ、他の何かを探している。
見渡さずとも、情報が霧の如く重く佇む街だった。ただ、大切なメッセージを伝えるのに、大きな声は必要なかった。誰かが気を留めれば、それだけでメッセージは伝わっていく。
情報を得る手段もコミュ力も備えない、禁治産者の男が一人、ふらふらと往来の人々の間をすり抜けていた。男の左肩には公園の鳩が乗っていた。人々は、一人に気を留めることはない。しかし一人と一匹では情報量が異なる。手の中に釘付けにしていた視線を剥がし、眉を顰め、距離を保とうとした。
男は地面に寝ている彼のもとへ来ると、同じように横になって地面に耳を付けた。肩の一匹は飛んで行ったが、男の存在は二人となった。往来の人々も、地面に横になった男達の存在に気付いた。視線の鎹(かすがい)を失った携帯電話は、手から地面へ滑り落ちていった。そして同じように横になって、人々は地面に耳をつけていった。
地面に耳をつける人々の輪は、二人の男を中心にどんどん広がっていった。この様子を見付けたニュースキャスターが、マイクを持ってカメラマンと共に駆けつけた。
「ご覧ください。駅前の大通りで大変な数の人達がこのように地面で横になっています。天変地異の前触れでしょうか。人々の数は増える一方で、何かに引き付けられるかのようにおもむろに地面に耳を付けると、そのまま身動きをとらなくなってしまいます」
しかしカメラに向かって情報を伝えるアナウンサーも、横になる人々の輪に触れると、同じようにして地面に耳を付けてしまった。カメラマンもカメラを置いて横になった。手放されたカメラは、動かない人々の姿を画面に流した。地面に置かれたマイクが音を拾った。通話中だった携帯電話も、相手の耳に音を運んでいた。
コーン ココーン コーン コン
木材を打つような、心地の好い音だった。