第135期 #6

公園の芝生で

 僕は公園の中を歩く。小さな半円を連ねたような柵をまたいで芝生の中に入る。芝生といっても手入れが行き届いているわけでもなく、見る人が見れば草ぼうぼうだと言うかもしれない。ここ二、三日は特に空気が乾燥している。それにもかかわらず香ばしい臭いが漂ってくる。間違いない。お犬様の落し物である。どこだろう。僕は芝生に寝転んで空を見るのが好きだ。唯一の生き甲斐だ。寝転ぶと上下がいつもと違って見える。視線をおでこの方に持っていくと大きな木の枝が上から手を伸ばす。唯一の生き甲斐なのだ。だからこそ、汚物の上に横たわるのは何としても避けなければならない。好きなことを嫌な記憶で塗り替えてしまいたくない。記憶というのは案外簡単にすり替わってしまうものだというではないか。
 小学三年生のときに僕は転校した。にぎやかな街にある狭いアパートから郊外の一軒家に引っ越した。その辺りには若い夫婦が多くて同世代の子どもがたくさんいた。僕もすぐになじんでその中に入って遊びまわったものだ。小高い丘のようなところがあって公園になっていた。斜面に太い木が立ち並んでいる公園だった。そこを追いかけっこをして駈けまわった。遊具は下の平らなところにブランコがあるだけだった。僕はかくれんぼだか缶蹴りだかのときに鬼になった。皆はいたずらでそのままどこかへ行ってしまって、僕は一人取り残された。「あーあ」と何度か叫んで草むらに寝っころがった。空は澄み渡っていた。野犬は恐ろしかった。仰向けになった僕の前髪の辺りに野犬の下あごがあった。獣の荒い息遣いと独特の臭いが胸に迫って、僕は飛び上がった。野犬はこちらを振り返りつつゆっくりと歩いていった。僕は導かれるように野犬のあとを追った。野犬は竹やぶの前でもう一度こちらを振り返り、僕の目をじっと見据えると竹やぶの奥へと進んだ。僕も続いた。だが僕は野犬を見失ってしまった。野犬の名を呼びながら付近を探していると、不自然なバッグが落ちているのを見つけた。その中には一億円が入っていた。僕の家はそれで大金持ちになった。だけどその後も暮らし向きは一向に変わらなかった。高校受験のとき親に「公立にしか行かせない」と言われて、何でそんなことを言うのだろうと思ったものだった。
 今日は芝生に寝転ぶのはあきらめて家に帰ることにした。念のために靴の裏を確かめてみると、左足のかかとにべっとりと茶色いものが付着していた。



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