第135期 #5

面識

 町村市子という名前の子が転校してきたと知ったとき、私は複雑な気持ちになった。

 あっと言う間に桜は散って、クラス替えも席替えも落ち着いた。半分くらいは知ってる顔なことに安心していたら、隣の席のマキちゃんが話しかけてきた。

「いっち―、聞いた? 今度の転校生、『町村市子』って名前だって! うちのクラスなら面白かったのにね―」

「あのね…」

 私は軽く顔をしかめる。この子はずっと同じクラスな分、気が置けなくって、そして気を使わない。
 でも、私にとっても転校生はちょっとしたイベントだ。そのうち会ってみたいかも、と思った。

 翌日の昼休み、隣のクラスの子が数人、私達の教室にやってきた。そのうちの一人、目立つ見た目の子が大きな声を出す。

「ね―、このクラスに市村町子っているでしょ? 市町村の」

 ふっ、とクラスの中が、静かになった。最初に声を出した子は不思議そうな顔をしている。あ、わかってないんだ。

 静かな空気を柔らかく叩くように、別の声が上がる。

「なんだ、連れてきたの、そゆこと?」

 こっちは知らない女の子、地味めで小柄で、ちょっと眠そうな顔をしてる。

「面白いことってこれ? 普段よっぽどつまんないことしかしてないんだね―」

 間延びした口調でざくっと言う。最初に声を出した子は、更にびっくりしたようにその子を見た。

「ちがうよ。町村さん転校してきたばっかで友達いないから、名前似てる子を紹介してあげようって、町村さんのために」

「うそ―、それ、親切なふりして人の名前をバカにしてるだけだよ。あ、もしかして気づいてないの? やだ―」

 眠そうな声でぱさっと流れを切る。刺々しい言葉に比べて妙に間延びした言い方に、教室の中でくすくす笑いが起きた。言い訳をしていた子は、ばっと顔を背け、耳まで真っ赤にして廊下を走り去る。取り巻きの女の子達が慌てて後を追った。

「あとでいじめないでよ―」

 走り去る後ろ姿に容赦なく声をかける。
 それから教室全体をくるりと振り返った。

「さっき紹介されたけど、隣町から越して来た『町村市子』です。このクラスとは接点ないかな。まあいいや。よろしくね―」

 言うだけ言って、一人のんびりと出ていった。教室に、呆気にとられた空気が漂う。

「変な子! ね、すっごい変わってるね!」

 マキちゃんがクラスを代弁するかのように私に囁く。それからびっくりしたように付け足した。

「やだ、いっち―、笑ってんの?」



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