第134期 #8
朝食の支度を済ませたところで目が覚めた。ベッドの上。手足は動く。金縛りになったことはなかった。動かないことを期待するが決まって覆された。ほっとする反面、ふざけるなと思う。天井の節目は人の顔に見えなかった。寝る前に想像を欠かさないにも関わらずだった。手探りで探し当てた眼鏡をかけ、テーブルの上には既に朝食が用意してある体で起き上がる。ギックリ腰を経験してからは、一旦身体を横に向けてから起き上がるようにしている。それでも起き上がる際に何度か腰に電気が走った。信仰を忘れた呪縛のように、何気ないタイミングでギックリ腰はやってくる。痩せなければ、と思う。血糖を下げる。運動。食事制限。できない野望を持つのはストレスだと、どうでもいいわけないが、どうでもいい態度に出てみる。気持ちが落ち込む。医者から指導された行動ができないのが後ろめたい。普通といわれる振り幅に収まりたい。節目を仰ぎながら次に先生に会う際のいいわけを考えている。ビールを飲まなければよかった。運動する。自転車を買おう。炭水化物を抜くことで気持ちが少し和らぐ、ことを想像する。空腹感はなかったが、何か食べなければと、強迫観念じみた感覚が空腹感より先に心の隅に湧く。意識を冷蔵庫へと這わす。朝食を食べなさい、とはテレビの受け売りだが、食べるなと言われたって僕は食べるだろう。寝る前に見た不快な夢はどこかへいった。寝ることがこんなにも救われる行為なのだと、四十年生きて初めて気づいた気がする。ペニスを触る。指の匂いを嗅ぐ。安心しようとする。途端。落ち着け。時間を見ろ。つけ過ぎたテレビは消音だ。ベッドに触れる太ももから熱い汗が流れる感触。世界はお笑いだ、と思う。特に意味はない。こともないか。意識して息を吸い込む。覆すものを考えつけない。会社へ行きたくない。と、言うよりは人に会いたくなかった。引きこもること全てを否定的だとは思わない。勝手だと思われていることも理解している。そして結句は、冷蔵庫の中の水を一杯飲んだだけで、シャワーを浴びて着替えて会社へ向かう。何もかも忘れよう。と、考えたことさえも忘れてしまっている。意味がないことは存在しない。そう信じたい。靴を履く。鍵を閉める。エレベーターのボタンを押したところで目が覚めた。ベッドの上。手足は動く。金縛りになったことはなかった。