第134期 #3

空想世界の君

そうだ、君なんて、最初から存在しなかったのだ。
悲しみに暮れて散々泣きわめいた挙げ句、僕はそう思うことにした。
君の笑顔も白い肌も黒くて長い髪も綺麗な瞳も、全部僕の空想の中のものなんだと。
僕は空想世界の君に愛を注ぎ、言葉を投げ掛け、微笑み合っていただけなんだと。
横たわる君の真っ青に染まった顔も、閉じた瞳も全部なかったものなんだと。
そうだ、なにも泣くことなんてないじゃないか。全部全部、僕の空想の中のものなんだから。なにも悲しむことなんてない。空想の楽しみが、ちょっと減っただけの話だ。
僕はその日以来、彼女のことを思い出す度にそう考えるようにしていた。


そんなある日、僕は映画を観に行った。結ばれた男女の、彼女の方がこの世を去ってしまう、悲しい恋物語。
いつしか、僕は泣いていた。ああ、なんて悲しいんだ、なんでいなくなってしまったんだと、男の方に感情移入して人目も憚らず思いっきり涙を流した。
そして、気づいた。君を空想の中の人間にしてしまっても、会えなくなったら泣くし、再現出来なくなったら悲しいのだということを。
僕は、向き合わなければならない。君がいなくなってしまったこと、もう会えないことに。所詮、忘れよう、見なかったことにしよう、としていただけだったのだ、今までの僕は。全部分かってしまって、エンドロールになっても僕はまだ泣き続けていた。

あの映画を君と観に行ったら、君はどんな顔をしただろう。泣いただろうか、真剣な顔をしただろうか。
君がいたこと、いなくなったことを認めてから、君について考える時間が増えたような気がする。少し悲しくなるけれど、でもやっぱりこれで良いんだと思えるようにもなった。これからも僕は君を愛し続けるし、忘れな い。これは、変えようのない事実だ。
あの映画は、DVDを買ってきて今も観続けている。台詞も全部覚えてしまいそうだ。
もしまた会えたら、そのときは笑って迎えて欲しい。ちょっと傲慢かもしれないけれど、そうしたらまた一緒に手を繋いで歩いて、下らない話ができたらもっと嬉しい。だから、そっちでゆっくり待っていてください。髪は切らないでね。僕は見えない君におやすみ、と言い、テレビの電源を切った。



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