第133期 #8
本屋向かいの飯屋では、天丼一〇〇杯の出前依頼が本気なのかどうかにあたふたしている店主を尻目に、パート連中は昼のかき入れ時を過ぎた時間帯、おしゃべりはもっぱら四年ぶりにデートをする青年の話題になっている。
夜の校舎、暗い廊下、自分を含め四人の人物、親しい間柄だと信じているが誰なのかはいまいちはっきりしない。そのうち二人は鏡に姿が写らないから既に死んでいると判明している。その死んだ二人に対しては、悲しみが強いのか、恐怖が強いのかと言えばやはり後者の方だが、生きている一人には、自分が薄情な人間なのだと思われたくない一心なのである。ただ、この生きている一人が自分の親しい誰だったのかを思い出せずにずっともやもやしたままでもあった。
これは昨日青年が見た夢の内容の抜粋。
青年はこのような内容を深夜二時頃に、ソーシャルメディアに書き込んで忘れないよう記録した。脳が活性していないのでキーボードを頻繁に打ち間違えている。
本題は四年ぶりのデートのことで、歯を磨いた後に手で口を押さえ吐いた息の匂いを確認すると卒倒してしまう。または歯間ブラシで左下の奥歯からぎこぎこやって匂いを嗅ぐと卒倒してしまう。一〇数本の歯間ブラシと三度の歯磨きで口の中が鉄の味になった。パンツは下ろしたてのものを履く。
飯屋の向かい、本屋の店先、平積み週刊誌の山、四年ぶりのデートを早くも嗅ぎ付けたパパラッチは、青年が実際にデートをする前に情報を出版社に売り込んだ。青年は週刊誌の表紙を見て、自分が四年ぶりのデートをしなければならなくなったことに気づく。
そりゃあ、気になってはいるが。
(まだ多少めんどくさいところもある?)
まぁ。
「○○さん、今度飯でもどう?」
「○○さん、今度ご飯食べに行きませんか?」
「ねぇ、今度二人で飲みに行こまいよ」
青年はデートに誘うセリフのパターンを口の中で反芻した。誰を誘えばいいのかは週刊誌の記事を読めば分かったが、古典的過ぎる自分のワンパターンなセリフにはほとほと嫌気がさしてしまう。反芻を繰り返せば繰り返す程、言葉に意味がないもののように思えてくる。
本当にこんなんで成功するのだろうか?
青年は本当は不思議に思っている。自分は有名人ではないのになぜ週刊誌に載るのかと。これも昨日見た夢の抜粋なのかと。