第133期 #14

アイス

 アイスはチョコミントだった。その食べ物とは思えない色は、高架下の灯りに照らされて、うっすらとオレンジに染まっていた。その色が食べ物らしいかというと微妙なところだけれど、緑がかった水色よりかはましな気がした。別にチョコミントが嫌いなわけでもないけれど。
 私はコンクリートの壁を背もたれに、パーカーの裾をお尻に敷くようにして座り、サッカーボールが往復するところを眺めている。バスン、バスンという鈍い音が、高架下通路の中で反響する。倉庫のシャッターが連なる高架下は、埃っぽくて、落ち着く空間だった。
 犬井が蹴り損なったボールが、楠木の右横を抜けていった。
「ごめん」
 楠木にそう言いながら、彼女は私のほうに歩み寄ってくる。女子高に入学してから半年が経った今でも、犬井は男の子っぽい性格のままだった。むしろ女子高だからかもしれない。モテそうだ。女子に。
 木のスプーンで掬ったチョコミントを差し出すと、犬井は歯と唇でスプーンからアイスを削いで、ぺろりと唇を舐めた。
「あんがと。アイスてるよ」
 ……ダジャレか! おっさんか! 脳内で激しくツッコミながら、私は「どうも」と短く応えた。
「……冷たい」
 楠木が戻ってきて、またボールの往復が始める。
 私は中学からだけど、犬井と楠木は小学校のときからの幼馴染だ。男女なのに、二人はどこか似ている気がした。遊んでいるところを見ると、犬がじゃれ合っているような印象があった。
 私は二人よりも勉強ができてしまったので、三人の中では一番遠くの高校に通っている。今の私の印象は、「何だか疲れてる」といったところだろうか。
 私はチョコミントを空にして立ち上がり、パーカーの裾をぱたぱたとはたいた。
「どしたん?」
 犬井がボールを止めて、小首を傾げる。
「んー、コンビニ」
 私は応えながら自分の行動を決めた。
「じゃあ俺もアイス……というか、一緒にいくわ」
「あ、じゃあ」
 一緒の行動を取ろうとする楠木と犬井を押し留めて、私は一人、薄暗い高架下から外に出て、夕暮れの明るさに目を細めた。
「ガリガリ君と、スイカバー」
 頼まれた物を呟きながら、近くのコンビニに向かう。途中にあるマンションの壁が、陽に当たって明るいオレンジに染まっていた。
 薄暗いオレンジの灯り、高架下の埃っぽさ、じゃれ合う犬のような二人も、往復するボールを眺める時間も、案外嫌いじゃない。
 なのでまあ、なるべく早く戻ろうと思う。



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