第132期 #8

仮想野点

<空間
言語=日本語
容量=100*100*100
種類=箱庭の浜>
<風景>
 日の傾きかけた午後。よく晴れた青い空とそれを写す海が広がっている。猫の額ほどの砂浜に波が打ち寄せる。背にあたる斜面はやや急で、草がぼうぼうと生い茂っている。
<音景>
 絶え間ない波音と少し強めの風の音、海鳥の鳴き声。

<<ログインユーザ ID=1 名前=ベティ>>
<<ログインユーザ ID=2 名前=リッキー>>

 二人の少女が斜面を下りてくる。
 ベティはデニムのハーフパンツにカーキのウィンドブレーカを羽織り、左肩から大きな袋を提げている。茶色がかった髪は伸び放題だ。どこか気だるげな表情で草をかき分けて進む。
 続くリッキーは、白のブラウスに紺のプリーツスカートというこざっぱりとした格好。黒髪を後ろで一つに結んでいる。足を滑らせながら、なんとか転ばずに斜面を下る。
 浜に着くとベティは振り返り、にんまりと笑んだ。リッキーも笑みを返し、ゆっくり景色を眺めてから遠慮がちに潮風を吸いこむ。
 ベティが落ちていた木の棒で砂の上に線を描く。少しいびつな正方形。描き終わると袋に手を突っこんだ。

<<プログラム実行
抽象オブジェクト:野点(継承:茶室)を実体化
アイテム:野点傘をビーチパラソル、毛氈をビニール敷物で上書き
――実行完了>>

 赤い毛氈の上に正座する二人。ベティが美しい所作で茶を立てて差し出す。
「いただきます」
 リッキーは茶碗を手に載せ、押し頂いてから口をつけた。
 ベティの髪が風で煽られる。空に橙が混ざり始めた。

<<プログラム実行
プライベートメソッド:わび・さびをコール
波音、流木、貝殻、夕焼けを引数に設定
戻り値=
――実行完了>>

 宙を舞う海鳥は木の葉に、木の葉は蝶に、蝶は雲に形を変えていく。全ては遥か彼方へ流れ、同時に此処に在る。
「閉じた宇宙に風を吹きこむのも良いものだ」リッキーが言う。「たとえこれが夢幻でも」
 ベティは曖昧に微笑む。
「我もまた電子の海の上で揺らぐ蜃気楼に過ぎぬ。断絶を見出すに囲いは不要なり」
 正方形の角が波によってかき消される。ビニール敷物の上で、二人の少女の膝が砂だらけになっていた。
「蜃気楼であれピクセルの集合体であれ、我々はまた出会おう。いつか、どこかで」
「ではまた、いつか、どこかで」

<<ユーザログアウト ID=2>>
<<ユーザログアウト ID=1>>

<音は消える>
<風景は消える>
<空間は消える>



Copyright © 2013 Y.田中 崖 / 編集: 短編