第132期 #7

海星

 真昼の太陽が焦がしたこの砂も、ぬるく体を包んだあの海も、もうすっかり色を落としてしまった。
 少年の体もあせて、全てが黒く沈む。くすぶる炎の名残を吹き消すと、ランタンは冷たい闇をその身に溜める。
 少年は砂浜に寝転ぶ。静かな波の音を反芻しながら追いかければ、鼻には潮の香りが満ちる。しんとする胸の中、闇に目が慣れてくるころ、星が。
 空から滑り落ちる光に、またあの子の言葉を思い出す。
「願いをかけられなかった流れ星は、海に落ちてヒトデになるの」
瞬きもせずに、星の落ちていく先を目で追うのに。
「海に落ちた流れ星は願いをかけられるまで、暗い海の底でいつまでもその時を待ってるのよ」
21個目の流れ星に21回目の願いをかける。
「もう一度あの子に会いたい」なんて最後まで言えなくて
「もう一度あ…」
までのヒトデがいっぱい明日の海にいるんだろうな。

 ほわほわと宙から降りてくるものに目を凝らす。それは近づくにつれさらにゆっくりと、足元へぽとんと落ちたようだ。耳を澄ませば、それらがほとほと舞い降りてくる気配を感じる。
 けれど、音も光もないこの場所でそれを見つける事は難しい。
 たとえそうであったとしても、少女はこの日に決まって宙を見上げてしまう。この中に少女への手紙が灯っているのを願って。
 夜明けが光を連れ込んで、一面の青が少女とこの世界を染め上げた時には、もうあの柔らかい星形は、散り散りに、思い思いの場所へ去ってしまうだろう。
 せっかく光の届いた青磁の世界の、浅葱の砂の中からのその一つは、見つけ出せそうにもない。
 だから手さぐりで星形をたどる。あの少年が、太陽をいっぱい吸い込んだその手で、少女の頬をたどったように。
 少女は知らない。少年の世界を滑る流れ星というものがどれだけの速さで海に落ちていくのかを。ふわりふわりと舞い落ちるその姿しか知らぬ少女の胸を悲しませるのはただ、世界の違いであるという事を。

 濡れた体はいつしか乾き、砂のようにかさかさと崩れていく。やがてそれを波がさらって、海の底へたどり着く日もあるかもしれない。
 けれど、天体現象である流れ星は星型動物亜門である海星にはならない。故に二度と出会うことはない。 



Copyright © 2013 長月夕子 / 編集: 短編