第132期 #14

一面赤い花畑

 ある国に、他所からとても美しい女性がやってきました。たちまち国中の男が彼女に夢中になりました。
 恋に落ちた男達の中に、国一番の金持ちが居ました。金持ち男は品の良いスーツに身を包み、彼女に恭々しく頭を下げました。
「私を貴女の夫に選んでいただけるなら、望みをなんでも叶えましょう」
 彼女はふわりと笑って答えます。

「私は何も望んでいません」
「金貨の山でも、何百もの美しいドレスでも、贅を尽くした食事でも、なんでもどれでも差し上げます」

 彼女は微笑んで答えます。
「どれも要らないものですわ」

 金持ち男は諦めず、彼女を誘い続けました。しかし彼女は質素な家に住み、金持ち男の誘いを撥ね付け続けました。
 金持ち男を嫌う人はそれなりに多く、国の人々は彼女と金持ち男の実のないやりとりを、密かに眺めてニヤニヤ楽しむのでした。

 ある日、その国に他所から若い男がやってきました。男は彼女の噂を聞き付けてやってきたのでした。若い男は金持ち男の話を聞くと、小馬鹿にしたように笑いました。
「金で人の心をどうにかしようなんてどうかしてる。僕なら金貨一枚使わなくても彼女の願いを叶えられるのにさ」
 若い男の軽口は、たちまち国中に広がって、金持ち男の耳にも入りました。金持ちの男は若い男を呼びつけ怒鳴りつけました。
「私にできないことが、どうしてお前にできるもんか」
「あんたにできなくても、僕にはできるさ」
 若い男があまりに軽く返すので、金持ち男は憤慨して言いました。

「よし、そこまで言うならやってみろ。できたらいくらでも金をやろう。その代わり、できなかったらどうなるか、分かってるな」

 へらへら笑いながら若い男は頷きました。そして人々が見守るなか、彼女の住む家にスタスタ向かっていきました。
 若い男は何の準備もなく家の扉をノックしました。そして出てきた彼女の驚き顔に、にっこり微笑みかけました。
「やあジェニファ、久しぶり。何かして欲しいことはある?」

 彼女の答えは簡潔でした。

「今すぐ消えて」
「お安いご用さ」

 若い男はくるりと振り向き、扉をバタンと閉めました。
 呆然としている金持ち男と聴衆に向かって、若い男は軽やかに笑いました。

「そら、簡単だったろ? 僕の勝ちさ」

 その瞬間、金持ち男はハッとした顔になり、それからにやりと笑いました。

「私ならもっと完全に彼女の望みを叶えてやれるさ」

 そしてその日、若い男は完全に消えました。



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