第132期 #13

怪物

うおおおおおおおおおお
バスの中で叫ぶのは僕一人。皆は知らない顔してる。目の前でイヤホンをしている人もいるけど、他の人も気づいていないのか。
僕は腕に爪をたてて興奮する心を痛みで抑えようとする。なんとか平常に近づけようと。まっすぐに突きたてられた爪は腕の皮を傷つけ、その痕には血の赤がじんわりと浮かんできた。
高まる呼吸は自分の耳にもよく聞こえる。歯を食いしばり衝動を押さえる。よだれが口から垂れるがそんなことを気にしている余裕はない。
あああああああああああああ
溢れ出る力を拳に込めて前の席を殴る。それでも前の人はイヤホンをつけたまま窓ガラスに頭をもたれかけて外を眺めている。
もはや言葉ではない。金切り声をあげる。自分の頭を窓ガラスにぶつける。まるで子供が駄々をこねるように手足は周りの物むちゃくちゃにぶつかる。
うるせーようるせーようるせーよ
小声でつぶやく。
自分の頭を殴る。内から沸き上がる声。それは記憶の中から聞こえる。
うるせーよ
頭をまた窓ガラスにぶつける。
それでも記憶から聞こえる声は静かにならない。
あああああああああああああああ
もう声はかすれている。
涙が自然にあふれる。頭を抱えて髪の毛をくしゃくしゃにする。もうやめてくれ。もう許してくれよ。
疲れた体と心は倒れるようにバスの床に落ちていった。

降りるとすぐバスは走り去った。
イヤホンをはずし鞄にしまいこむ。
コンビニで晩飯を買いアパートへの帰路につく。住宅街の夜は蛍光灯が思い出したように照らす道路と時々聞こえるテレビの音、人の声。星は見えない。厚い雲の向こうに月は見える。
脇を走り抜ける自転車。気付かない内に道の真中を歩いていた。でもこの時間は車なんて通らない。
自転車が乱雑に並べられたすぐ隣りの階段をゆっくりのぼる。
部屋の鍵をまわすと閉めきった部屋特有のねっとりとした空気が流れる。靴を脱いですぐ部屋の窓を開け放つ。
スーツを脱いでテーブルの上に弁当を置いてからテレビをつけた。
テレビから流れてくるニュースは突然切りかかった男についてだった。
頭のおかしい人でしょ。テレビの人が顔でこんな奴とは違うと言っている。
自然とバスの中のもう一人の自分を思い出す。あれをもし表に出したら俺も頭のおかしい人。昨日まで嫌悪感をもって見れていたニュースを今日は恐怖をもって見ている。もし抑える込めることができなくなったら?
あいつと俺の違いってなんだよ。



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