第132期 #12
「6」
と、妻がサイコロキャラメルの空箱を転がす。
「残念。2だぞ、はずれ」
と、心なしかうれしそうな夫。
「ほないくで、3」
と、今度は、夫が、サイコロキャラメルの空箱を転がす。
「げ、また2かよ」
深いため息をつく夫を見て、ふと、妻は思う。
こんなことを繰り返して、いったい何の意味があるのだろう?
と。
夫婦は、サイコロキャラメルの空箱を振って、出る目を当てるという遊びを、さっきから数え切れないほど繰り返していた。経済的事情からどこにも出られず、ひどく時間を持て余している日曜の昼下がり。
この遊びに対して、夫婦が「楽しい」という気持ちになれたのは、最初のほんの数回だけ。
今、この夫婦に残されているのは、「一度くらいは、出る目を当ててから終わらせたい」という子供じみた執着だけ。
「これって、2が出やすいんじゃないのか?さっきから2ばかり出ているような気がする。そのくせ2にすると、見事にはずれる。」
と、妻が思っていたのとほぼ同じことを、夫が口にする。
「ほんまもんのサイコロと違うからかなあ。ほな、今度こそ、1」
空箱は、「1」を示す。
「やった。1や、1やで、ほら、やっと出たわ。ようやく当たった!」
大げさに喜んでみせる妻。
夫は、一瞬、羨望のまなざしを妻に向けそうになるが、ぐっと堪え、闘争心むきだしで、空箱を振る。
「今度こそ、2」
「残念!1や」
本心とは裏腹に、妻は残念がってみせる。
「なんでなんだよ〜ちっくしょ〜」
夫は、空箱を床に叩きつけたくなる衝動をかろうじて抑え、サイコロキャラメルの空箱を妻に手渡す。
その刹那、妻は、ようやく気づいたのである。
中身はとうの昔に食べられてしまい、なんにもつまっていない。永遠にサイコロになれないサイコロもどきの空箱。
この空箱に詰まっているものがあるとすれば、あるとすれば、それは、それは、
ああ、なんという空虚!
「おい、さっきからサイコロ持ったまま、何、固まってるんだよ。早くしろよ」
妻の異変に気づかずに、せかす夫。
夫のその一言により、妻の中の一番大切な部分が、損なわれてしまったのだった。
「こんなん、サイコロと違う。サイコロもどきのキャラメルの空箱やん!もうええわ、ほんまにもうええわ。あほらしーてやっとられんわ!」
妻は、思いっきり空箱を床に叩きつけた。
空箱は、1を示したまま、ぐしゃっとつぶれる。
妻はそのまま、家を飛び出して行ったのであった。
妻の行方は、妻も知らない。