第132期 #15
「鳥がゴミのように燃えてる」とチビ太は言った。
私はチビ太の手を引きながら、真っ赤な夕日に溶けていく神様の群れに紛れ国道を歩いていた。チビ太は頭から黒い液体を垂らしている。本当は大変なことが起こっている。
「君は心配しなくていい。チビ太すこし疲れただけ」
神様の群れは、よく見ると神様ではなかった。男とも女とも区別のつかない者達が、腕や顔の皮膚をぼろ布のように垂らしているから、私の知ってる人間のようには見えなかっただけだ。
「チビ太しってるよ、人間じゃないひと」
私はチビ太に喋らせたくなかった。
「つまり人間じゃないひとって影がないもん。喋ったり笑ったりしてるけど、ほんとは死んでるんだ」
私は、それ以上言ったらあなたを殺すしかないのよとチビ太に警告した。
「わかったよ。チビ太もう言わない」
私は国道を離れ、歩き疲れたチビ太を眠らせたあと心臓の中に入れておいた母子手帳を取り出した。
「名前:リトルボーイ(チビ太)。
体重:4t。
身長:305cm。
心臓:ウラン235。
棄てられた日時:1945年8月6日、午前8時15分。
迷子になった場所:広島市細工町29番2号。
絶望した高さ:地上580m。
絶望の威力:神様を殺せるくらい。
秘密:黒い液体に触ったり、または口に入れたりしてはいけません。絶対に。」
夕日はいつまでも沈まなかった。
国道の群れからはぐれた若い女が、よろけたり倒れたりしながら私たちのところへやってきた。
「あのう」と女は言って背中の赤ん坊を見せたが、その赤ん坊にはもう首が無かった。「この子にお乳を飲ませてくれませんか。あなたにも子どもがいるみたいだし」
誰かに助けを求められるなんて思いもよらなかった。でも私は何も言わず、眠ったチビ太を抱いてその場から逃げた。
「ねえ待ってよ。あたしの赤ちゃんが死んでることくらい知ってるわよ。でもね」
私は振り返らずに歩き続けた。チビ太は黒い液体を海のように流しながら眠っていた。
「でも嘘だったらいいなって思ったの」
ふと立ち止まると黒い液体は空まで満たされ、辺りは夜になっていた。チビ太は私の腕から消え、黒い夜だけを残していった。私は遠くに小さな明かりが見えたので再び歩き始めた。近づくとその明かりはテレビ画面だとわかった。
「繰り返しお伝えします」とテレビは言った。「つい先ほど、最後の一人まで世界は救われました。次は天気予報です」