第131期 #3

ふらふらあるくそれ

橋の上から河原をのぞき込むと、背の高い雑草を踏み進むゾンビが見えた。初夏の虫が沸き立つように鳴いている。
結局何もしなかった休日の終わりにせわしない気分に駆られ、あてもなく飛び出した私は偶然目に止まったゾンビの頼りない姿に自分を見たような気がしてしばらく見とれた。それは枯れ木に引っかかってこけた。
最近はこんな風にふらふら歩くのは少数で、力も強くて速く走るものがよく動画でネットに上がっている。この間も遂に空を飛ぶゾンビが現れたと話題になった。もっとも、海外が中心で火葬文化の日本の動画は少ない。
這おうとしていた例のゾンビは、腐ったかかとが枯れ木に引っかかって一向に進めないでいた。どうも一定方向に向かっているようだけど、どこへ向かっているのだろう。ゾンビにさえ目的地があるものなのか。
夕日がビルに遮られ、辺りがふと暗くなった。
土手まで行き自転車を止め河原に下りた。近くを通ったサラリーマンらしき男がこちらをじろじろ見て何も言わず去って行った。
ゾンビの後ろ側に周って近づくと腐肉にたかる蝿の群れが見て取れる。幸い風下だったので臭いはあまりしない。
遠くからそれの引っかかっている枯れ木をつかんで引き上げてみたが、根元が土に埋まっているのか手応えが鈍い。少し先を掴んで、てこの要領で引き上げようとしたとき、枝が折れてバランスを崩した。
尻餅をついて、新しいズボンが土で汚れる、と思ったときにはもう目の前にゾンビが迫っていた。

河原に響き渡る銃声。砕け散る腐肉がスローモーションで見える。助かった。さっきのサラリーマンが交番にしらせてくれたのだ。
「違います。ゾンビハンターです」なんだ、ゾンビハンターか。道理で。時代がかった帽子とワイシャツの上からも分かる引き締まった胸筋、チノパンの横にぶら下げたリボルバーは、保安官には見えても警察官には見えない。あからさまに素敵な体をしている。さっきちょっと噛まれた事は内緒にしておこう。
「ゾンビハンターさんですか。ご苦労様です」
「じゃあ行きましょう」彼は力強く私の腕を掴んだ。
「でも、もう暗くなってきましたし、明日は仕事が早いですし」
「明るいじゃないですか」そう言われてみると確かに河原は夕日に照らされて、さっきよりも赤く燃え立つような明るさだった。ぼんやりしたまま彼に腕を引かれて進む。
そうだ黄昏がこれから永遠に続くのだ。そして我らは海を越えて訪れる彼らを迎えに行く。



Copyright © 2013 藤舟 / 編集: 短編