第131期 #11
彼女には風神と雷神が憑いていた。頭上に浮かぶ雲からは生まれてこの方続く雨が降っていた。濡れた前髪はいつも額に付いていた。友達は居ないようでそんな姿が可哀らしかった。名前をSと言った。
僕らは名の無い繋がりから彼女が一人住む家で同棲を始めた。家が建つ六十坪の敷地の上では雨が降っていた。庭では草木が生い茂って家を覆っていた。何かと間違えてワカメも育っていた。僕らは隔離された空間で愛をはぐくんだ。
外へ出る時はいつも傘を持って出掛けた。彼女の愛用の黄色い傘だった。僕ら二人が歩く後ろには水溜りの跡が出来ていた。
「アメンボはどこから来るのでしょうね」と彼女が水溜りを見て呟いた。満足な答えが返せず僕は家に帰ってパソコンから離れられなかった。
彼女は頑固な一面も持っていた。事在る毎に言っていた。
「男は綺麗な女を好きになるし、女はお金持ちの男を好きになるのよ」
「真理なの。だから科挙は強いのよ」と。
「私とNの繋がりに、名前があれば好いのにね」
僕らは哀しさを覆う湿気を含んだ皮膚を重ね合わせた。
逝き場の無い湿気った息を掛け合った。
愛欲が浪打ながら何度も何度も繰り返し僕を突き刺した。
不安と喜びが隣り合わせる光へと落ちていった。
抜け出せない沼に溺れていった。
いつか死ぬなら今が好い。
台所のサッシの中で死んだヤモリを観た。その床にうつ伏せに倒れている僕を見つけた。
外傷は見当たらなかった。僕は彼女に殺されてしまったのだ。僕は外との繋がりが切れてしまっていたから僕の体は今も彼女の家にある。
家の中を捜すが彼女と黄色い傘が消えていた。新しい繋がりを見つけに家を出たのかもしれない。
家の外へ出てみると外には水溜りが出来ていた。水溜りを辿ってここを通ったんだろうと憑けてみるけど彼女に辿り着くことは無かった。道をさまよう僕の上に雨は降ってこなかった。嘗て彼女が「アメンボはどこから来るのだろう」と見ていた水溜りが出来るのに僕は関係無かった。彼女一人で水溜りは出来るのだった。
きょうも僕の知らない所で彼女は繋がりを探している。出逢ったあなたのつるべを落とす。顔の本を増やしていく。「私を交ぜて」とつい言った。