第13期 #3

英会話入門

 イイヨン英語教室の英悟先生は、英語を学ぶことで世界が広がり、細かい事を気にしない大きな人物になれるという。
 その日は春の受講開催日、フレッシュな顔が教室の中に並んでいる。
「まず、英会話の第一歩は「r」と「l」の発音の違いを理解することです。君、rawとlawを発音してみて」
「ロウとロウですか?」
「ううん、だめですね。「r」の発音は、舌の中央を盛り上げながら唇をわずかに丸めて「ル」のような音を出し、「アー」と「ウー」の中間のような発声をするのです。皆さんどうぞ」
「あー」
「そうです。では、「l」ですが、これは舌の先を歯根につけて、舌の両側から「ウ」と「ル」を同時に出すように発声してください」
「る」
「よろしい。では、「法律家」は?」
「ロウヤー」
「なってないですね」
「ラウヤー」
「だめです。いいですか、「ロウ」の部分は舌の先を歯根につけて、舌の両側から「ウ」と「ル」を同時に出すように発声すると共に、「オー」に近いが口はかなり開いて舌も低く唇の丸め方も弱く、「ア」に近く聞こえる音を出すのです。はい、どうぞ」
「ロウ…」
「よろしい。次は「ヤー」ですが、「イ」と「ヤ」の中間の母音から、舌の中央を盛り上げ唇をわずかに丸めて「ル」のような音を出し「ア」と「ウー」の中間のような発声をしてみてください」
「ヤー」
「はい。では、ロウヤ−を発音してみてください。どうぞ」
「ロウヤー」
「だめです。いいですか、ロウヤ−は舌の先を歯根につけて、舌の両側から「ウ」と「ル」を同時に出すように発声すると共に、「オー」に近いが口はかなり開いて舌も低く唇の丸め方も弱く、「ア」に近く聞こえる音を出したら、そこで間髪いれずに「イ」と「ヤ」の中間の母音を発し、舌の中央を盛り上げ唇をわずかに丸めて「ル」のような音を出し「アー」と「ウー」の中間のような発声をするのです。どうぞ」
「せ、先生」
「なんですか」
「できません。そんな細かい舌の動き」
「細かい事を蔑ろにしたら、大きな人物にはなれません。やりなさい」
 生徒は困惑している。
「ロウヤ−」
「だめです。もう一度」
「ロウヤ−」
「ダメ!何度いったらわかるんだ。いいですか、まず、舌の先を歯根につけて、舌の両側から…」

 この英会話教室は3人の生徒が舌をひきつけ、5人の生徒が顔面神経痛になり、20人の生徒が言語障害をおこし、全員が英語に嫌悪感を抱くという結果で、ほどなく営業を停止した。



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