第13期 #19

ガラスケース

 眩しい。
 空は真っ青に澄み渡り、雲一つ無かった。
 その空から、誰かの割ってしまったガラスの、その細かな欠片が、太陽光をきらきらと七色に反射しながら雨のように降り注いでいる。
 レストランの窓辺で、一人赤ワインを飲んでいた時からそうだった。
 ひどく眩しい。
 子供達は手を取り合って、ポルカを踊っている。
 あたしはステッキを置き、シルクハットを脱いで、
「やあ」
 と子供達に挨拶をした。

 あたしのタキシードの胸ポケットには、ずっと前から一輪の花が挿してある。蝶ネクタイと同じ色の、柔らかく深い色調の黒い花だ。その花の名を古い友達に聞いてみたところ、彼はあたしと同じようにその皺深い手で花を触り、暫く眺め回した後、
「これは造花だ」
 と言った。
「随分上手く作っているがこいつは造花だ。こんな花は、世界中の何処にも無いよ。こいつは、造花だ」
 彼はそう言うと立ち上がり、歩き出した。片足を引きずっている。ずる、ずる、と足を引きずる音がする。彼はもう何年も使ってなかったのだろう書棚へ、積もりに積もった埃を払い、一冊の本を取り出した。
 世界地図だった。その本には紀元前の人々が書いたものから現代のものまで、何度も書き替えられてきた世界地図が、何百ページにもわたって纏められている。
「ほら、見てごらん。何処にもそんな花は載っていないだろう」
「そうね。確かに載ってない」
「随分上手く作ってあるんだがな。本当に上手く作ってあるんだが。とにかくこいつは造花だ。こんな花は、何処にも無いよ」
 従ってこの花には種も無く蜜も無く、花言葉も無い。

 欠片達はますますその勢いを強めていき、がしゃがしゃと音を立てて大地に落ちる。子供達の踊りはますます冴え渡っていく。もう眠くなってしまいそうなくらいに、それはスローだ。
 手を取り合い、笑い合い、くるくると回り、また笑い合う子供達。
 あたしは眠気を押さえ、一歩前へ進んだ。
 眩しい。
「やあ、こんにちは子供達」
 子供達はポルカを踊りながらあたしの方を向いた。
「これから君達に、ちょっと面白いものを見せてあげよう」
 あたしは子供達に語りかける。レストランでは赤ワインしか飲めなかった。僅かに残った銀貨も尽きた。あたしに残ったものは、この身体だけだ。
 ひどく眩しい。
「上手く出来たらお慰み」
 あたしはそう言って、さらに一歩前へ進み、昔のような見事な踊りはもう踊れないので、子供達に手品を見せる。



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