第13期 #18

半焼の家

 田んぼの中に一軒ぽつんとあった家が火を出した。もう人が住まなくなって随分たった家だったから、火を消す人も、それを見守る人も、どこか呑気であった。鎮火すると、喝采が湧き起こった。いかにもわざとらしい喝采だった。
 放っておいても危なくないと、半焼のまま残された。半焼の家は、それまでとは打って変わって目立った。真っ黒な、骨組みばかりの、むこうが透けて見える家は、それが田んぼに囲まれているという事実によって、いよいよたちの悪い現代美術の作品のようだった。一片のもの悲しさすら無かった。
 あまり商売っ気のある田んぼではなかったから、そんな家があっても、わざわざ壊そうと考える人もいなかった。半焼になったことでかえって人の気配が感じられるという人もいた。
 随分遠くを走っているようでも、なにしろ見渡す限り田畑に覆われていたので、電車に乗ると誰もが半焼の家に目を留めることになった。燃えた事情を知るものなどほとんどいないから、不気味と思うか不思議で済ますかが関の山だった。
 そんな中、一人の若い女が気まぐれに写真を撮った。買ったばかりのカメラで、電車の中からシャッターを切った。女は腕がいいわけではなかったので、意に反して家が写ったのは画面の隅の方であった。腕がいいわけではなかったから、それを気に病むこともなかった。
 それから一年あまり、女はときどき思い出して家の写真を撮った。変わったことと言えば女自身の撮影技術と周囲の季節くらいで、家は時間の流れにはまったく無頓着に思われた。画面の真ん中に据えてやるといわくありげと見る人もいたが、実際は色気も無ければ動きも無い、被写体としては枯れ木と大差ないものでしかなかった。
 写真を撮る者もいなくなると、家は傾ぎ始めた。傾ぎ始めた頃にはもう写真を撮る者がいなかったのかもしれない。ともかく、それでようやく危ないということになって、家は崩された。道が細くて廃材を運び出すのに四苦八苦したが、済んでしまうと黒ずんだ地面が現れて、ますます不格好な眺めになった。
 買い手もつかずに草が生え、遠くから見ると田んぼの中に荒れ地が迷い込んでいるようだった。
 奇妙な光景にも慣れてしまいそうだったある日のこと、ひょっこり現れた案山子が住みついて、皆一様にほっとした。



Copyright © 2003 戦場ガ原蛇足ノ助 / 編集: 短編