第13期 #13

縁側の攻防

「全く、厚かましいったらありゃしない」冷蔵庫を開いた石は、顎の無精ひげを撫でながらビールの缶の山を探った。「真夜中に押し掛けて酒をせびるなんて」
「悪かったよ兄貴」縁側で座布団を枕に寝転がる一が応えた。「でも今日は飲まずにはいられなくてなあ」
「飲み過ぎなんだよお前は」縁側に戻った石は踵で一の頭を小突いた。「彼女に振られたぐらいでやけ酒して、挙げ句『終電逃したから泊めてくれ』なんて、冗談じゃないんだよ。タクシー代けちってまで飲みたいのか?」
「蹴るなら靴下ぐらい履いてくれよ、頭が禿げたらどうするんだ」蹴られたところを押さえながら一は体を起こした。「っと、さすが兄貴。三本なんて太っ腹」
「よく聞け馬鹿野郎」石は三つの缶のうち二つを手に取り、軽く振りはじめた。「馬鹿には酒はやらない主義だったが、お前が振られた記念ということで特別に譲歩してやる。振っていない缶を当てる事が出来たら、その一本はお前にやろう。振ってある缶を引いて中身が噴いたら、酒代と掃除代を払って、とっとと寝ろ」
「掃除代っていくらよ?」
「三百円、といいたいところだが、大まけにまけて千円だ」
「本当けちだな兄貴は」一は大げさに財布を取り出し、百円玉十個を取り出した。「それ、元手品研究会会長の腕を見せてもらうか。ところでつまみは無いのか?」
「誰がお前のためにつまみを出す手品をやるか。それに、外で散々食べてきたんだから要らないだろ?」石は一の目の前で三つの缶を動かしはじめた。「言っておくが、そう簡単には見破れないからな」
「うるさいな、集中出来ないだろ馬鹿」缶を目で追いながら、一は応えた。
十数回の動作の後、石は手を止めた。「さて、当てて貰おうか。制限時間は十秒だ」
「短いな、時間までけちるのかい」一は暫く缶を見つめていたが、やがて中央の缶を手に取った。
「選んだな、さて開けてもら、っと」冷たいアルミの固まりを額に受け、石は頭を押さえた。「殴ったな、ビール缶で」
「本当にけちだな兄貴は。動かしながら缶を振って、全部噴くようにしたんだろ」一は缶を床に戻しながら百円玉を手に取った。「馬鹿馬鹿しい、もう俺は寝るよ。布団はどこだい?」
「向こうの押入だ、居間にでも適当に敷いて寝ろよ」部屋の奥に消える一を見送りながら、石はポケットからジンのミニボトルを取り出した。「やれやれ、さすがに三度は引っかからなかったか」



Copyright © 2003 Nishino Tatami / 編集: 短編