第13期 #12

珈琲

 じりじりとカフェインが僕の身体を焦がす。珈琲の香りを感じながら、なかなか理解できない物理式に立ち向かっている。すでに自慰行為を済ませている事で僕の逃避場所は無くなっている、物理を理解した瞬間のきらめきが訪れることなく脂汗が滲むばかりだ。誰も見ていないのに考え込んでいる振りをしているのは、演じることで自分を楽にしようとしているのだろうか。深夜1時。ごぽっとコーヒーメーカーが音を立てる高校3年の冬。結局物理式を理解できることはなく、その解き方だけを丸暗記して見切りをつけると、妙な安堵感で満たされていた。足先で石油ストーブのスイッチを消し、窓を全開にして部屋の空気を外に逃がすと、たまらない。安堵感が突如として不安感に変貌する様がたまらない。たまらない不安感で逃げ出したくなる。1分にも満たない換気を終え、机に向かった。机に向かうのは、これで4回目。警告音と共にコーヒーメーカーは役目を果たしているのを見ると、僕はカップに残っている珈琲を飲み干す。新たに薬を摂取するべく空になったカップに黒い液体を注ぎ込む。カフェインの過剰摂取により息遣いが激しさを増す中、現代国語の問題に取り組んだのだが、興奮状態での解答は困難を極め頭に入ってくる問題文は煌いたと思うとすぐに血液に溶け込んでなくなってしまう。何度やっても自分が選んだ記号は正解を得られない。解説文を読んでも理解できない。あなたのその主張は理解できない。あなたのその説明に納得できない。じりじりとカフェインが僕の身体を焦がす。力を込めて答えを書き込み、冷静さを保とうと努力してはシャープペンの芯をボキボキ折る。自分の不甲斐なさに涙が溢れると、そのまま静かに号泣した。涙は、時には浄化を時には苦痛を与える。どちらにしろ今は逃避以外のなにものでもないのだから、僕はとことん逃避するべくテレビに向かったのである。


Copyright © 2003 荒井マチ / 編集: 短編