第129期 #3

400平方センチメートルと13平方メートル

 私は世界から隔離された。
不安や絶望より苛立ちを感じた。他者とのつながりを断ち切られたというのに嘆きより舌打ちが先に出たのは周囲が蒸し暑かったからかもしれない。いや、腕が汗ばんでいようが鳥肌が立っていようが私はやはり舌打ちをし、親指の腹をかんでいたかもしれない。
 イライラしても何も始まらないと分かっているぐらいには冷静だった。私は頭に上った血を冷ますべく深呼吸をし、牢獄のように狭いこの空間から脱出を試みた。
 一回二回三回と失敗するたび私の焦燥は高まり、苛立ちは不安へと変わっていった。
 私は一つ一つの試みが時間の浪費にすぎなかったと悟り、頭を抱え込んだ。
 どうしてこんなことになってしまったのだ。以前の私は自由だった。世界中の風景を見て回り、美しい音楽を楽しみ、多種多様な物事への見識を深めた。時にはやましいこともしたし、怠惰に時を過ごしたこともある。だがそれらは私が罪悪感を覚えるだけの話であり、何ら他者に責められる類のことではないはずだ。
 私は嘆きながら、汗にまみれながら、自由な世界へ回帰しようとする。鍛えた体は何の役にも立たなかった。ただ壁に打ち付けるこの拳を余計に痛めるだけだ。
 何度目かの挑戦が徒労に終わり、うなだれる私の前に救世主はあらわれた。明るく青みがかった光をまとう性別不明の彼は、感情のこもっていない声を発した。
「あなたの問題私が診てあげましょうか?」
「頼む」
 私は短く答えた。すると彼は人並み外れた早口で何かを呟き始めた。しばらくして彼はつぶやくのをやめ私に指示を出した。私はわけもわからぬままその指示に従う。
「今解決します」そう言うと彼はまた何かを呟き始め、私はまた待つ。
「終わりました」
「もう大丈夫なのか」
「いいえ」
「まだ何か問題があるのか」
私が尋ねると彼は理解不能な単語を並べ始めた。私の絶望にまたもや苛立ちが混じり始める。
「他の手段も確認しますか」
「あるのならさっさとしろ」私は感情を隠そうともせず答えた。
 彼は様々な情報を集めたが、そのどれも役に立たないか私には理解できないかのどちらかであった。
 私の苛立ちは諦めに変わった。
 私は彼から目をそむけ、世界と私を隔てる画面に目を戻した。
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「表示しろよ」私は極めて無意味なことを言って、小汚い四畳半の真ん中の、汗臭い万年床に寝そべり、昼寝を始めた。



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