第128期 #8
学校に行くのがつらい。男子の美味しそうな匂いに囲まれるからだ。
教室に入って最初に会ったのは陸上部の辻岡。朝練の汗が残る肌からマグロの刺身の匂いがする。
「辻岡。昨日とか朝とかマグロ食べた?」
「食わねーよ。魚好きじゃないし俺」
あっさり否定される。
いつもそうなのだ。食べた物とは無関係な食べ物の匂い。
「やっぱ男は肉だよな」
割り込んだのはお調子者の臼木。言葉と違い、完熟メロンの甘ったるさを漂わせている。
「俺は魚好きだよ。煮魚とか最高だろ」
隣の席の片倉は台詞通り魚の匂い。ただし煮魚でなく、脂の乗った焼き魚だ。
「やめれ、腹減るだろ!」
男子の誰かがそう怒鳴る。
でも雑談がなくなっても、私の空腹は止まない。
昼休みは食堂で女子だけで固まって食べる。不思議と女子からは食べ物の匂いがしないので安心だ。
私の食べる量はとても少ない。お弁当箱は片手に収まるサイズだ
「ダイエットか? 無理はいかんぞ」
急にそんな声。口うるさい体育教師の村沢が来たのだ。
周りの女子は説教に顔をしかめるが、私はうつむき静かに生唾を飲む。だって村沢は香ばしい燻製肉の匂いなのだ。
「まだ若いのに体重ばかり――」
小言は耳をすり抜ける。村沢の香りは私に食べてと言っているも同然だ。
手に持った箸が震える。ナイフやフォークでなくてよかった。あれば即座に村沢に突き刺し香ばしい肉をむさぼるところだ。
「気にしない方がいいよ」
うつむいた私に勘違いして、隣の女子がそう囁いてきた。
でも気にするななんて無理な話だ。
男は食べ物の匂い。物心ついたときからそう感じていた。成長につれてどんどん匂いは強まる。沸き上がる食欲ももう押さえきれない。これではまともな将来などない
放課後の廊下で夕日を眺め、そんな暗い考えで頭を満たす。
そのとき背後を通る人がいた。何気なく振り向き、そして愕然とする。
「待って!」
通り過ぎようとしたその肩を掴む。
「なん……すかセンパイ」
学章の輝きも新しい一年男子。急に見知らぬ上級生に捕まったので戸惑っている。
その両肩を掴み、いきなり胸に顔を埋めた。そして思いっきり深呼吸をする。
やっぱり汗の臭いしかしない。
こいつとなら、私はまともに生きられる気がする。
「私と付き合ってください!」
気が付くとそう叫んでいた。一年男子は困ったように頭を掻く。
「いや、いきなりそんな。センパイって肉食系ですね」
逆だよバカ。