第128期 #9
5月に入ったとたんに、目に異変が起こった。
目を閉じると、お花畑が見えるようになったのだ。白くて小さな丸い花がお行儀よく並んで咲いているお花畑だ。
目を開けると消える。また閉じると見える。ずっと閉じたままでいるとずっと見える。まばたきすると、一瞬ちらっと見える。まばたきをした回数だけ、お花畑はちらっと見える。
そのうちだんだんわずらわしくなってきたので、まばたきをなるべく我慢して、目を見開いたままにした。どうしても疲れてきて、まばたきをすると、ちらっとお花畑が現れるという始末。まるで、まぶたの裏にお花畑の映像がはりついているみたいだった。
だんだん苦痛になってきたので病院で診てもらうことにした。
病院の待合室は、思ったより混んでいた。
雑誌を読もうとしたら、お花畑がじゃまになってうまく読めなかった。まばたきするたびに、お花畑がちらつくのだもの。
「ええかげん、かんべんしてくれよ。たのむわ」
え?と、思わずとなりを見たらその人と目があってしまった。自由な感じの兄ちゃん風情の男の人だった。
「聞こえましたか?すみません。いえね。新聞を読もうとしたら、別れた彼女がちらついて、読みづろうて。まいりましたわ」
「もしかしたら、まばたきする度に、ちらつくのでは?」
「正解!ようわかりはりましたね。そのとおり。目を閉じたままやと、ずっと見えるんですわ。まぶたの裏にくっついているみたいにね。夜なんか、気になって寝られませんねん。何ともいえん目つきでこっちを見てるんです。今までこんなことなかったんです。5月に入ったとたんに、こうなりましてん」
見えるものは、違っていても、症状は、私とだいたい同じらしかった。
「私は、お花畑が見えるんです。」
そう打ち明けずにはいられなかった。すると向かいのサングラス姿のご老人も口を開いた。
「お花畑ならまだいい。わしは、墓場じゃ。墓場が離れよらん。」
ご老人の隣の、同じくサングラス姿のサラリーマン風情の男の人も、黙ったままではいられなくなったようだ。
「私なんか、直属の上司ですよ。ごっつう怖い顔で睨まれるんですわ」
二人とも、サングラスをはずして、ほぼ同時にためいきをついた。その形相を見てびっくりした。なんと!どちらも、つまようじの半分くらいの長さの細い棒をつっかえ棒にして、目を見開きっぱなしにしていたのだもの。
笑いそうになったが、我慢した。
よほど目を閉じたくないのだろう。お気の毒に。