第128期 #6

ダーン

 一概には言えないことだが姉というのは掛替のない存在だ。僕にとっても姉は気の遠くなるほどありがたい人間だ。姉が家に恋人を連れてきた。嬉しかった。姉の恋人の名前は柿田さんだった。
 柿田さんは土曜日の昼過に僕の家にやってきた。柿田さんはプロレスラーみたいな体格だった。カタパルトみたいな肩。四ツ折した新品の羽毛布団みたいに厚い胸。頑丈そぅ。それからきれいなスキンヘッド。小さな耳。
 心無い母、牛魔王というアダ名をさっそく付けた。
 姉、終始笑顔。父親は僕たち家族全員の肉体を足しても足りないくらいの柿田さんを見てヤヤひるみがち。僕はゴニョゴニョ・いいですか? と柿田さんにお願いして、柿田さんはいいですよ、と立ったまま、爪先立ちしてお尻を突きだしてくれた。やってみたかった。
「ダーン」
 僕は叩いた。鉄球みたいな柿田さんの尻を。雄たけびながら。

 僕は惚れちゃった。時男に(柿田さんの下の名前だ)。夜にパジャマで寝しなに寝床の中で独りで目を瞑りもしかしたらと妄想した。
 もしかしたら時男はサディストかもしれない。抵抗する男のアナルをめりめり突き破ったり、それで最初ぶるぶる恐怖で震えていた男がだんだん具合が良くなって懐きだしたら時男は飽きちゃって、その男をぽぽいっと捨てちゃう。僕は掛布の端をぎゅっと握った。厭だ。そんな時男は堪忍できない。倫理にもとる。
 僕はそこで気づいた。これはもしかしたら付想像だった。現実の時男じゃない。でも訊いてみないと分からないじゃないか! 訊きたいけど訊けない。
 僕は目を開いた。天井も見通せない暗闇だった。
 時男はやさしいに違いない。例えば子供が交差点で轢かれそうな瞬間。時男はダーンと来た車にダーンと向かって行ってダーンと弾きかえす。分かっちゃった。時男のダーンは男ーンのダーンなんだ。意味は、男らしい。僕の中だけの通用でいい、この言葉は。
 僕はまた目を閉じて自分のお尻を撫でた。日中ぶち叩いた時男の筋肉質の硬尻と自分の柔尻を比較した。そして口の中だけで舌先で撫でるように「男ぁーン」した。すると腰のあたりがガクガクして世界が広くなった。
 次に目を開けたら百年も二百年も経っちゃって、姉じゃなく僕が時男と恋人同士だったらいいなと思った。それから僕は死にたいと思った。このまま目が醒めることなく、意識が覚醒する間もなく、頭の中の世界のままだけで、息絶えられたらどんなにいいのか。



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